川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その3  路眼     HOME
 

「路眼」は「ろがん」と読む。老眼とは関係はない。眼に関係する妖怪のことじゃ。路眼は好色系の覗き妖怪だ。ただ見ているだけで、害を人に与えることなく、しかも路眼そのものを人間が見ることはできぬ。

 見えぬ妖怪だけに、探すのも大変じゃ。もっとも「見える妖怪」も、遭遇することは希じゃがな……。一般人は妖怪の存在など、気にして暮らしておるわけではない。従って、そこに妖怪がいても、気づかぬのが道理。

 さて、路眼だが、この妖怪は若い女子が行き交う路地に出現し、地面からスカートの中を覗くという単純な妖怪じゃ。まあ、脚フェチ系に属するが、フェチ性こそ妖怪の特性でもあるわけじゃ。特化したものが凝り固まり、単にそれだけの存在になり果てたのが、妖怪と言っても過言ではない。

 妖怪を追う人間、これまた妖怪的な存在なれど、わしが妖怪を追うのは飯の種じゃが、この不景気では、飯の種もままならぬ。

 と、思いながら、阪急中津駅ホームに降りた瞬間、携帯のベルが鳴る。助手のガンジーからだ。どうやらわしは遅刻しておったようじゃ。死んでも己の死に気づかぬ霊のごとく、遅刻しても遅刻に気づかぬ人間も、まあ、妖怪と言えば妖怪か。ははは。

 今回の取材は、中津から梅田にかけて展開する「茶屋町」じゃ。ここには若いおなごがぎょうさん歩いておるはずで、しかも路地が多いため、路眼がおるやもしれぬのじゃ。

 地下鉄中津駅でガンジーと合流し、茶屋町界隈へ向かう。路眼がいるスポットなど、情報誌には記載されてはおらぬゆえ、下調べなどなーんもしておらんので、とりあえず「飛天」のあるビルに行く。ここは通称「梅田コマ」と呼んでいた劇場で、こんな所に移転しておったのじゃ。まあ、映画館も、ビルの中に入ってしまう時代じゃ。地面の有効使用と言えばそれまでじゃが、残念ながら路眼はビルや地下街には出現せぬので、飛天前を素通りし、毎日放送と東急ハンズの前に出る。このあたりがどうやら茶屋町の中心部のようで「若者密度」がぐんと高くなる。

 そこから梅田へ向かう通りには露天や屋台が出ておる。
「梅田の大観覧車ができたから、客、とられたんとちゃいますか」と、ガンジー。わしには分からぬが、以前よりは人出は少ないらしい。

 ちょっと横道にはいると、長屋の跡だったのか、石畳だけ残した路地がある。その奥に古木が立ち、横の石碑になにやら書かれているが、読みとれぬ。石灯籠のようなものが、倒れ、壁際に無造作に積まれている。まるで燃えないゴミ置き場だ。何が祭られておった跡なのかは分からぬが、この種の放置遺跡を好んで住処にする妖怪がおらぬとも限らぬゆえ、粗末にしていけないのじゃが、今の茶屋町では、この場所には光はあたらぬようじゃ。バチがあたっても知らぬぞ。

 更に進むと、表通りとは別ジャンルの史跡に指定してもいいほどの古い町並みが、わずかに残っておる。二階から三味線でも聞こえてきそうじゃ。路眼は、こんな枯れた場所にはおらぬので、若いおなごが群がる通りへ戻るとき、ガンジーが石臼を発見した。ここが普通の古き良き大阪下町長屋風景が残る場所なら、石臼の一つや二つ、路上に転がっていてもおかしくはない。それほどこの界隈は様変わりしてしもうたということか……。

 そして、表通りを数歩歩き、雑貨屋前にて、わしらはついに路眼を発見した。若いおなご二人が立ち止まってアクセサリーを見ておるのじゃが、その足下に、目玉が路面に浮かび上がっておるではないか。路眼の位置からなら、二人のおなごのスカートの中は丸見えじゃ。

 しかしよく見ると、それはマンホールの蓋じゃった。スカート中も確かに「マンホール」かもしれぬ。昔からおなごのあそこには田圃も山も何でも入ってしまうと、言うではないか。

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