川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その8  妖怪関目鳥     HOME
 

 もののけ現象が発生しやいのは境界線上だ。里と山の境とかには古典的妖怪が多数おる。境で引っかけるわけではないが、島根県の境港などは、わしの尊敬する水木しげる先生の妖怪ロードがあり、妖怪観光町になっておるほどじゃ。

 山海等の自然と人の住む里との境界線は、文明が発展するに従い、あやふやになってしもうた。海の向こう側も山の向こう側も神秘でも何でもない土地になっておるのじゃ。

 しかし、現代の妖怪は、現代風境界線上に出没する。例えば商店街が果てるあたりとかじゃ。そこを場末と呼ぶこともある。

 商店街に出現する妖怪として有名なのは「閑古鳥」。誰も来なくなったようなアーケード付きの商店街などは、まるで洞窟のような趣になるため、この鳥が巣くうのじゃ。全く流行らない商店街は閑古鳥は棲息しやすく、年度末に産卵し、孵化した雛鳥が他の商店街を襲う。アーケードは客を囲うためにあるのじゃが、閑古鳥の巣になる危険性をはらんでおる。

 さて、今回は閑古鳥の取材ではなく、妖怪「関目鳥」がうろつくと噂される関目じゃ。ここの商店街はアーケードがないので、閑古鳥はいない。

 関目鳥は商店街ではなく、それが果てるあたりに出没する。所謂場末妖怪じゃ。閑古鳥と違い、商店街や人に害は与えぬが、通行人に在らぬ幻想を騙し見せる癖がある。カラスと同じで、ちょっとした悪戯を人間に仕掛けるのじゃ。

 京阪関目駅に降り立ったわしとガンジー、そして、この取材を取材に来た女編集人と三人で、商店街へと向かう。 その日はまだ桜の季節ではないものの、通りの左右に並ぶ桜の花飾りが出迎えてくれた。商店街にしては車の通行が激しい。花飾りがなければ普通の道と間違えるほどじゃ。この曖昧さが幸いしてか、程々の活気がある。気がこもらず、風通しがよいためか……。

 関目鳥は行き倒れて死んだ身元不明の行商人が妖怪と化したと伝聞にはあるが定かではない。ただ、行商人のように全国を渡り歩くイメージと、この妖鳥が重なるようじゃ。

 商店街の中程の横道をそっと覗くと古そうな旅館がある。フーテンの寅さんが利用しそうな商人御宿的雰囲気が漂う。その周囲、かなり町並みは古く、既に町内は完成の域に達しており、建て売り住宅が並ぶ郊外の町の整いすぎた殺風景さは、この町には微塵もない。

 商店街に戻り、奥へ進む。ガンジーが銭湯を発見。その近くに下宿屋のようなアパートも建っておる。かやまつひろしが歌う「古き良き友よ」時代を彷彿させる。学生にとっては住みやすい町かもしれぬ。アパートに風呂がなくても、ゴージャスそうな銭湯が、目の前にある。下手なワンルームマンションに住むより情緒あり。

 花飾りの本数が足りぬのか、商店街は続いておるのじゃが、普通の家も混ざっており、徐々にフェードアウトしていく感じで、場末の侘びしさはここにはない。この曖昧さに見とれつつ、ふと子供の声が聞こえたので、後ろを振り返ると、四五人の少年達が野球をしておる。剛速球をモロにミットに受けたのか、キャッチャーの少年が地面に背中をつけて倒れ込んでおる。わしがカメラを向け、撮影が終わるまで、じっとその姿勢を保っていた。彼らはどう見ても、今風ではなく、昭和三十年代の野球少年そのままだ。ガンジーも女編集人もそれを目撃したので、幻影ではないはず。しかし、これが、妖怪関目の幻術であることは、ほぼ間違いない。

 わしらはそっと通り過ぎ、決して後ろを振り向かないで帰路についた。  商店街の上空に、何かが飛んでいるような気配がしたが、それは野球のボールに似ていた。関目鳥が飛来する商店街は繁盛するという。わしらがなくしてしもうた幻想を、この鳥は見させてくれるようじゃ。

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