川崎エッセイ 新・大阪もののけ紀行 その16  妖怪ホーチ輪     HOME

 いつも電車から見ている風景がある。
 見ておるだけで降りたことがない駅がある。
 今回はそんな駅として阪急神崎川を選択した。
 わしが梅田に出る時、もう何十年も見続けておる車窓風景じゃ。降りたことはないが、その変化はよく知っておる。
 私事になるが、体調を崩し、半年ほど電車に乗れなんだ。その間、自転車で移動しておった。電車に乗れんが、自転車には乗れるという不思議な体調だった。
 そして今回の妖怪も、自転車なのだ。
 神崎川の駅を通過する時、自転車妖怪らしきものを感じていた。
 意を決し、探すことにした。
 改札を抜けると車窓イメージとはかなり違う。ちょうどインターネット上でバーチャルなものを見ているのに近い。
 リアルの神崎川駅周辺がぐっと迫る。そして自転車妖怪の気配も迫る。
「自転車で来なかったんですか」と、助手のガンジーが聞く。
 伊丹から神崎川までは遠くはない。しかし電車でいきなり降り立つからこそ、このリアル感が味わえるのだ。
 駅前から商店街へと向かう歩道。ガンジーは気づいてはおらぬが、自転車妖怪がいっぱいおる。
 その妖怪、名を「ホーチ輪」と言い、自転車の姿をした現代妖怪。
 群れをなして突然現れ、突然消える。摩訶不思議な現象なり。
 わしはリアルな街に立ち、この世のものではないものを感じた。これは、バーチャルな場ほどリアルが見え隠れするのと同じく、リアルな世界ほどバーチャルなものが見える。
 つまり現実世界こそが幻想の温床なのじゃ。
 神崎川駅改札どん前に「パトロール中」と書かれしボードを前籠につけたママチャリが止まっておる。
 このような現実があり得ようか? 不審者対策と不法駐輪とはジャンルが異なるとはいえ、認めたくない現実じゃ。それ故、これは妖怪ホーチ輪じゃと解釈する他ない。
 十分不審者然たる風貌のわしらは、商店街へと向かう。この種の商店街、今まで何度も歩き、飽きたが、それなりに趣が違う。
 どの商店街も似たような変化を遂げており、ここもそれに準じておる。
 アーケードを抜けると十三が近い。歩いて行ける距離じゃ。
 車窓から見ても、神崎川から十三はあっという間に到着する。
 その阪急電車沿いを駅まで戻る道にて異変をガンジーが感知。
 不法駐車の車がパーフェクトにない通りがある。
「よっぽど厳しい取り締まりがありましたんやろなあ」と、感想を述べるが、それだけが原因ではないような気がする。
 自転車の天敵、それは不法駐車じゃ。自転車で走っておる時、前に車が止っておると、道路の中程に出ないといけない。その時、対向車や追い抜こうとする車との接触事故が起こりやすい。
 わしも不法駐車の車のお陰で、何度もひやりとしたことがある。狭い道に止っておる時は尚更じゃ。
 この街の不法駐車が少ないのは、ホーチ輪の結界内にあるためじゃ。同じ不法同士じゃが、自転車は四輪車を憎んでおる。ホーチ輪は憎き不法駐車を駆逐したと見る。
 そう結論しつつ、駅前に戻る。
 お年寄りが多い街なのか、整骨院が多い。老人が四輪の乳母車や買い物車を押し歩いておる。
 無人の押し車がすーと通り過ぎたような気がしたが、きっと錯覚だろう。


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