小説 川崎サイト

 

籠城の果て

川崎ゆきお



 バイトを辞めた森永が、同じくバイトで暮らしている立花の部屋を訪ねた。
「久しぶり」
 森永がドアを開けると立花が布団から声だけ出す。
「ドア、開いてたけど」
「鍵が故障しやすいから、かけないようにしてるんだ」
「油差せばいいと思うけど」
「いや、がたがたしてるから、滑りの問題じゃないんだ」
「そうか」
 立花は布団から立ち上がるが、行くところがない。散らかっているため、足の踏み場がないのだ。
 森永も靴脱ぎ場から動けない。靴は脱いだのだが、どこに着地していいのかわからない。
「その雑誌の上、大丈夫だから、踏んで布団まで来いよ」
 森永は雑誌を飛び石にして布団に上がる。
「大きな座布団だと思えばいい」
「そうだな」
「で、バイトまた、辞めたの」
「ああ、次まで休憩だ。君はまだ行かないのかい」
「まだ、大丈夫だ。粘ってる」
 立花はワンシーズンしか働いていない。森永は半年は働いている。そのため、森永の方が稼ぎが多く、生活もましだ。それでも、半年分の稼ぎで一年暮らすのだから、豊かとは言えない。
 立場は三ヶ月しか働かないで、一年持たせるのだから、かなりの根性だ。
「で、また半年休憩かい」
 立花はペットボトルを森永に渡す。水が入っているだけだ。コップもない。
 それを知ってか、立花は鞄から缶コーヒーを取り出し、一本を森永に渡す。
「サンキュー、余裕だね」
「今だけさ、半年後は、もっと節約しないと」
「僕より、ましじゃないか、僕なんて、今が末期だ。そろそろ働きに出ないと行けない。もう月給じゃだめだ。ひと月待てない」
「貯金してるって、噂だけど」
「してないよ」
「でも、無理だよ。半年分のバイト代でも、一年は無理なんだ。君はよくそれが可能なんだね。だから、貯金を使って、何とかしてるんだろ」
「貯金があれば、もう全部使ってるよ。きっちりしたもの食べたいしね。欲しいものもあるから、買ってるよ」
「じゃ、泥棒でもやってるんじゃない」
「それは、逆にリスクが大きい。結果的には大損になる。だから損だ」
「じゃ、どうして、そんな少ない金で暮らせるの。それに家賃も払えないじゃないか」
「払っていない」
「じゃ、追い出されたら、ホームレスだね」
「今も、それに近いよ。屋根があるだけましさ。電気も水道もある。テレビもある」
「謎だ。毎日バイトへ行っても、ぎりぎりだよ。それが三ヶ月だけじゃ」
「君は半年だろ。バイト生活者の半分で暮らせてるんだろ。それより、もう少し苦しい程度だ」
「本当かなあ。何か隠してない」
「別に」
「誰かから援助受けてるとか」
「そんな人いないよ」
 それから、一月後、森永も、立花のように節約生活を続けた。苦しいのなら、続けて働けばいいのだが、それはしない。
 退屈なので、また、立花を訪ねた。
 ドアは簡単に開いた。
 しかし中はもぬけの殻で、空室になっていた。足の踏み場だらけだった。
 立花がどうなったのかはわからない。

   了


2009年7月4日

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