小説 川崎サイト

 

武田夜話

川崎ゆきお



 幻想は現実離れでは面白くないし、現実にありそうなことでは幻想らしくない。「何だろうこれは……」と、驚けない。
 では、この話はどうだろう。
 武田が真夜中に見た幻想だ。
 それは、夜中自転車で走っているときだ。この場合、どうして武田が夜中自転車で走っているのかは問わない。なぜならこれは不思議なことではないからだ。ただ、この武田がこの世の人間でなければ話は違ってくるのだが。
 だからここは武田はすんなり夜中、自転車で走っている。夜中でも昔に比べ、町は明るい。車道も歩道も住宅地の小道も、墨のように暗い場所はないのだ。
 夜の闇は町から消えている。だから、町から闇が消えたと言ってもいい。そのため、妖しい出来事も起こりにくい。暗いからこそあらぬものが見えたり、感じたいするのだ。これは自分の内部で起こっていることで、その人の中だけでの話だ。
 それに近い話を武田は体験した。
 たまに通ることのある街角がある。武田にとり、その通りは、今はもう用事がなくなっている。それがあったのは喫茶店があったからだ。そして、その喫茶店はまだあった。だが、あるにはあるが、シャッターはかなり前から閉まっており、営業していた時代のまま放置されている。マンションの一階にあり、その家主がやっていたのかもしれない。
 武田が通っていた頃は十年ほど前だ。漫画を読みながら、軽食を食べるのがパターンになっていたようだ。
 学生時代の話で、その後近くを通ったことはある。シャッターは閉まっていた。
 十年である。だから、何度か偶然その前を通ることがある。そのたびに閉まっているのを確認すると、もう、意識して見なくなる。
 今回は夜中だ。昼間なら意識して見なかっただろう。だが、意識せざるを得ないことになる。明るいのだ。
 いくら夜中でも町は明るいと言っても、建物の細部が見えるほど明るくはない。
 その喫茶店がよく見えたのは、シャッターが上がり、ネオン看板も灯り、室内の蛍光灯がついていたからだ。
 武田はそっと自転車を止め、中を覗くと、客もいる。
 こちらを見ている客がいる。青年だ。これが武田自信なら心臓が止まる思いだろう。そうではなく、見知らぬ青年だ。
 だが、今風の青年ではないところが妙だ。日本人ではなくアジア系の青年かもしれない。
 武田は青年に目を合わす。青年の顔は武田を向いているので、目が合うはずだ。
 だが合わない。
 では、青年は何を見ているのだろう。
 武田は怖くなり、そのまま自転車を走らせる。
 そして、もしやと思いながら、自転車のスピードを上げる。行き先を見つけたのだ。
 それは十年前よく行っていた別の喫茶店だ。そこもつぶれたまま放置されている。
「もしや」は当たっていた。
 先ほどの喫茶店と同じように、開いているのだ。深夜喫茶ではない。
 昔の不思議な話を集めた甲子夜話の世界に近い。
 昔なら、狐にでも化かされたと思い、納得するかもしれない。
 武田のこの話は武田自身が語ったものなので、やはり武田の内部で起こっただけの幻想かもしれない。

   了

 


2009年7月9日

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