小説 川崎サイト

 

櫛の足

川崎ゆきお



 古い物が古くなりすぎると、化けるらしい。そして、夜中、古い道具から手足が出て歩き出す。机から手足が出て歩いているのを想像すればいい。
 最初から足がある荷車とかは、足を出す必要はないが、車輪から炎を出しながら、火の車のように回転して進む。それでは燃えてしまうのではないかと思うが、本当の火ではない。人魂の火と同じなのだ。
 浩一はこの百鬼夜行の話を聞いたとき、いろいろ想像した。
 まだ小さいので、本当にことだと思ったのだ。
 だから、古くなった鉛筆から足が出て、机の上で歩き出すのを想像した。消しゴムもそうだ。その筆箱そのものからも手足が出て、歩き出し、中からも鉛筆が出てくれば、鉛筆の親は筆箱のように見えるはずだ。筆箱が鉛筆を産んだのだ。
 しかし、浩一の筆箱も鉛筆も、それほど古くはない。それでひと安心した。
 では、家の中にある家具類はどうだろうか。しかし、それも心配なかった。化けるほど古くなるには百年以上かかると聞いたからだ。
 浩一の家は百年前はなかった。両親は独立し、家に年寄りはいない。だから、先祖代々の物はないはずだ。
 浩一は、それでも心配で、母親に百年以上ある物を聞いてみた。
 心配と言うより、手足が出て歩き出すのを見たかったのかもしれない。
 母親は親戚からもらった骨董品が、百年を越えているかもしれないと言った。
 それは古道具屋で買った櫛らしい。お守りになるから、持っていなさいと渡されたらしい。
 浩一はその櫛を見せてもらった。母親も、どこになおしたのかを忘れるほど、適当に仕舞っていたのだ。
 櫛は鏡台の引き出しの底にあった。木の箱に入っており、ほとんど放置状態だ。お守りとして持ち歩けるような時代ではない。また、そんなお守りの櫛など使えないので、仕舞い込んだままなのだ。
 母親がいないとき、浩一は鏡台から櫛の箱を取り出した。
 母親から見せてもらったときは、よく調べなかった。すぐに仕舞われたので、観察する暇がなかったのだ。
 浩一は木箱を開け、手にとってゆっくり櫛を調べた。
 百年以上前らしいが、まだ若いかもしれない。だから、まだ足は生えていないかもしれない。だが、生えかかっているかもしれない。
 浩一は虫眼鏡で、櫛を観察した。
 どこから足が生えるのだろうか。
 櫛は無数の足のような物が集まっている。ムカデのように。
 しかし、それでは立てないだろう。
 古い櫛が化けると、どんな形になるのかを浩一は知らない。
 わからなくなり、その櫛で髪の毛に当て、短い髪をとく。
 そして、櫛をもう一度見ると、髪の毛が生えていた。
 足が生えるまで、まだ年月がかかると思い、自分が年寄りになった頃、もう一度観察しようと、そのとき、決めた。
 

   了

 


2009年7月12日

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