小説 川崎サイト

 

雀のお宿

川崎ゆきお



「石だ」
 山道の茂みで山羊髭の老人がリュックを開けている。
 石以外には何も入っていない。小さな婦人用のリュックサックだ。よく見るとひらがなで住所氏名が書かれている。子供のリュックだろう。
 山羊髭は山の下の民家を訪れた。
 お婆さんが出てくる。
 リュックを見せると、「よけいなことを」のような表情をする。実際に、そういう言葉を呟いたのだろう。
「出ましたか」
「何のことですか」
「この背負い物、この家の物でしょ」
「ああ、それは孫の」
「だから、出ましたか」
 山羊髭はリュックに石が入っていた意味を知っている。
「出たって、何が」
「雀ですよ。雀」
「ああ」
 お婆さんは観念したようだ。
「まだ、あの雀は出るのですかな」
「お爺さんが山道で雀を助けたのです」
「はい、その話は承知しています。で、何を持ち帰られました」
「五百円玉を沢山」
「なるほど」
「それを聞いて、私も」
「雀のお宿へ行ったのですな」
「はい」
「持ち帰れば、石だった。途中で気づき、捨てたと」
「はい」
 お婆さんは、リュックサックに石を詰め、体を鍛えるのだと、嘘を言おうとしていたが、雀と言われたため、誤魔化せないと観念したのだ。
「それで、お爺さんの持ち帰った五百円玉も石になってしまったと」
「すべて、お見通しのようやのう」
 話が早いとお婆さんは感心した。
「まだ、出よるのですよ。あの雀が」
「いったい、何でしょう」
「雀の正体ですかな」
「はい」
「仙境のものです」
「お爺さんは落胆し、寝込んでいます」
 その雀、山道に子供が放置した虫取り網に、無理に入り込んで、通りかかったお爺さんにわかるように大げさにバタバタし、助けてもらったふりをし、そのお礼にと、雀のお宿に案内する。
 お婆さんは石を背負わされたのだが、再チャレンジしていた。しかし、雀のお宿はどこを探してもない。それが気になっていた。
「雀のお宿とは何でしょうな」
「それが、仙境です」
「はあ」
「まだ、そういう魔物がいるのですよ」
 仙境と言うより、この場合、魔境と言ってもいい。
「じゃ、もう宿はないのかい」
「あの雀、移動したのでしょう。仙境は雀が作ったもの。もういないのなら、宿も消えて当然」
 お婆さんはそれであきらめたが、寝込んでいるお爺さんは、その後も挑戦しているようだ。

   了


2009年7月19日

小説 川崎サイト