小説 川崎サイト

 

不思議な会社

川崎ゆきお



「面接もなしに、いきなり採用だった。おかしいとは思ったんだ」
 就職活動仲間の岩谷に木村が話す。
「履歴書は」
「それは提出した」
「じゃ、履歴書だけで採用決定かい。それはおかしいよな」
「おかしかっても採用なんだから、文句はないよ。ラッキーだと思ったんだ」
「給料は?」
「そこそこある。ボーナスもあるし、保険もある。退職金もある」
「で、どんな会社だった?」
「オフィス街の端っこにあった。建物は古いかな。伝統がありそうな佇まいさ。創業も古いから、由緒正しい会社なんだ」
「それで」
「出社日を手紙で知らせてきたんだ。ちゃんとした会社の封筒でね。それが手書きなんだ」
「それで」
「古い大きなドアを開け、ビルの中に入ったんだ。天井が高くてねえ。レトロビルだよ」
「それはいいから、実体はどうだったの」
「がらんとしていた」
「その建物、社屋なの」
「五階建てのこじんまりしたビルだけど、そうだよ」
「早く、実体を」
「一階なにもないに等しい。証券取引所みたいな。大きな広場のような」
「早く」
「ああ、その真ん中あたりに、机がぽつんとあってね。そこに人が座っていた」
「それで」
「木村です。というと、ああって顔で、メガネ越しに僕を見た。まん丸い目玉だったなあ。魚みたいに」
「それはいいから、先を話せよ」
「そのメガネの目玉男、文庫本を読んでいたんだよ」
「ああ……それで?」
「後は、よろしくって、立ち去った」
「どこへ」
「ビルの外へ」
「何それ」
「で、それで彼と交代したんだ」
「何の交代なんだよ」
「知らない」
「それで」
「それで、彼と同じように、その席に座った」
「上に人はいるんでしょ。会社の人」
「無人なんだ」
「じゃ、何、それ」
「留守番のようなものかな」
「それは、怪しい」
「そうだろ。三日ほど、座っていたけど、怖くなってきた。上司もいないし、仕事内容もよくわからない。だけど、机はあるし、居場所もある」
「ふつうじゃないけどね」
「だろ。だから、一週間後に辞めた。こんなところにいると、きっと危ないことになると、感じたんだ。不自然だよ」
「まあな」
「さっき引継をしたよ」
「誰に」
「新しい人に」
「その人もすぐに辞めるね」
「ああ、条件はいいし、一発で採用なんだから。でも、ただ事じゃない」
「あの、俺、そこに就職するよ」
「新しい人と交代したんだ。もう席はないよ」
「いや、その人も一週間以内に辞めるね」
「ああ、なるほど」
「俺なら、ずっとそんな感じでいいから。文庫本読めるんだろ」
「ああ、座ってるだけだから」
 しかし、岩谷も一週間持たなかった。

   了

 


2009年9月7日

小説 川崎サイト