小説 川崎サイト

 

朝提灯

川崎ゆきお



 川の両岸にそれぞれ土手がある。土手道があり、車が入り込めないようにしてある。そのため、ちょっとした自然歩道となっている。
 川は住宅地の中を流れており、そこの住人が朝の散歩で歩いている。
 夏場は暑くなるので、日がさす前から歩いている。軽く走っている人もいる。
 妖怪朝提灯が出るのはまだ暗いうちだ。あと少しで明るくなる寸前まで出るらしい。
 そのため、散歩者は決して暗いうちは歩かない。
 妖怪朝提灯は誰かが提灯を手に歩いているのか、それとも提灯だけが宙を移動しているのか、目撃者により、その様子はまちまちだ。
 暗いと言っても外灯はあり、昔のように真っ暗な場所ではない。
 提灯が上下左右に揺れながら移動していることから人が手にしているという結論が出た。提灯が明るいので、人の姿が見えにくいのだろう。
 しかし、蝋燭の明かりがそれほど明るいとは思えない。だから、やはり提灯だけが移動しているのではないかと言い張る人もいる。
 その川の上流にお寺があり、そこに住み着いた狐の仕業だという説もある。
 なぜなら、提灯の紋がお寺の紋と同じだからだ。
 だからといって狐が提灯をぶら下げて歩くことじたいあり得ない。
 そうなると、提灯も、この世のものではないことになる。
 別に被害はない。早く起きすぎて、暗いうちから歩かなければいいだけの話だ。
 しかし、最近引っ越してきた住人が、それと知らずに暗いうちから歩きだした。
 いわゆるメタボの初老の男だ。
 そのメタボの目撃談によると、お婆さんが提灯を手に歩いていたらしい。
 お婆さんも本物で、提灯も本物だったようだ。
「おはようございます」と声をかけると「はい、今晩は」と答えたらしい。
 では、このお婆さんがどうして、その時間提灯を持って歩いているのだろう、という基本的な謎は解けない。
 初老のメタボ男から、お婆さんの様子をさらに聞くと、かなり太った人らしい。
 それでも謎はまだ残っている。
 なぜ、提灯を持っているかだ。
 しかも、お寺の紋入りの提灯を。
 
   了

 

 


2009年9月9日

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