小説 川崎サイト

 

探偵が出た

川崎ゆきお



 現実のどこかに隙間があり、油断がある。本来なら登場しないような人物が、そこに入り込む。
 のこのこした動きの、その探偵が大きな屋敷に吸い込まれていく。裏口から、そっと入っただけの動きだが。
 勝手口レベルの探偵は、八百屋の御用聞きと同タイプだ。もっとも近くにあった八百屋は、大昔に消えている。
 そのうす汚れた探偵も、八百屋があった時代なら、存在していたかもしれない。八百屋の陳列に群がる蠅のような存在だ。
 その蠅は勝手口から入り、中庭を通り、離れの小部屋に案内された。この屋敷主の書斎のような場所だ。
 蠅のような探偵は、離れの間の座敷に入る。その足下は、違う種類の靴下だ。色は似ているが、柄が少し違う。
 主は床の間を背に、大きな背もたれのある座椅子にぐっと体を沈めている。座っているのと、寝ているのとの間ぐらいだ。
 その深い場所から探偵を観察している。
「本当か」
「はい」
 本当に探偵が来たことに感慨深いものがあるのだろう。
 主は貴重種の動物を見るように探偵を眺める。
 その視線が探偵にぐさりと刺さるが、探偵は動じない。
「探偵の仕事はあるのか」
「いえ」
「いえ?」
「いえ、ありません。滅多に」
「そうだろ」
「はい」
「どうして生きてきた」
「はあ?」
「仕事もないのにどうして生きてきた」
「ふ、ふつうに」
「どう、ふつうなんだ」
「いや、ご飯食べて」
「生物としては、それでいいが、人間としてはどうだ。その職で、食べていけたのか」
「いけませんです」
「そうか、やはり、いけないか」
「はい」
 主は手書きのチラシを見せる。
「これを書き、配ったのか君か」
 チラシには(探偵仕事します)と書かれていた。
「はい、営業で」
「依頼はあったか」
「ありません」
「そうだろ」
「あ、間違いました。ありました。あったから、こうしてお伺いしたのです」
「そうとも、わしが依頼した」
「ありがとうございます」
「用件は終わった」
「なにが」
「だから、もういいから、帰りなさい」
 主は封筒を取り出し、探偵に渡す」
「こ、これは」
「見たかっただけだ。探偵をな。もう見たからいい」
「あのう、事件とかは」
「ない」
「あ、なるほど」
 探偵は屋敷を去った。
 何かが動いたように感じたが、実際には何も動いていない。探偵が登場し、依頼主も登場したが、事件そのものはなかった。

   了

 


2009年9月9日

小説 川崎サイト