小説 川崎サイト

 

下へ向かう階段

川崎ゆきお



 浦田は一日中ゲームをやるゲーマーだが、実際には引き籠もりだ。
 しかし、一日中部屋にいるわけではない。健康のため、何時間置きに自転車で散歩する。目が疲れるため、休めるのが目的だ。
 また、たまには喫茶店で休憩することもある。あまり運動したくない日だ。
 その日は運動したくない日と雑誌の発売日が重なった。ゲーム雑誌だ。
 気晴らしで入る喫茶店の近くにコンビニがあるので、そこで雑誌を買い、喫茶店で読もうと思った。別に特別なことではない。よくありそうな日常だ。
 しかし、その夜、コンビニ前は自転車で一杯で、止める場所がない。狭い歩道なので、何台も止められない。
 たまにそういう日がある。だが、少し距離を置けば止めることはできる。しかし、その夜は異常に自転車が多く、かなり離れた場所に行かないと止められない。
 別に思案する必要がない選択肢だ。止められそうな場所で自転車を止めた。鍵をかけようとしたとき、歩道に面した建物の階段を見た。この通りはよく知っているはずだが、その階段を見るのは初めてのような気がした。通りに面して四五階建ての雑居ビルが並んでいる。学習塾や饅頭屋やピザの宅配だ。階段を注目したのは、上へではなく下への階段だったためだ。地下へ繋がっているのだ。別に地下があってもおかしくはないが、妙にその階段が気になった。
 浦田の得意とするゲームはダンジョンゲームで、複雑な迷路や洞窟が舞台だ。
 そのダンジョンと階段が重なったのだ。下へ降りればダンジョンがぽっかり口を開けている。下手をするとクエストを出す守備兵が立っているかもしれない。
 これを魔が差すとは言わないだろうが、魅入られるように階段に向かい、ゆっくり降りた。しかし、そこにはドアがあり、開けることはできない。何かの事務所だろうか。店屋ではないので、勝手に入るわけにはいかない。
「やはり現実なんだ」
 別に断らなくても、ここには現実しかない。当たり前の話だ。
 気が済んだのか、少し歩いてコンビニに入る。そして、ゲーム雑誌を探すが、ない。売り切れたのだろうか。
 そんなマイナーなゲーム雑誌など、このコンビニには最初から置いていなかったのだ。
 浦田は仕方なく、ビジネスマン向けパソコン雑誌を買った。
 それだけの話だ。

   了


2009年9月18日

小説 川崎サイト