小説 川崎サイト

 

黒十字

川崎ゆきお



 夜道を本田は歩いている。
「夜のものだ」
 いきなり現れた男が言う。
 当然本田は驚く。
 男は黒いマスクを付けている。口と鼻だけではなく、頬も隠されてた状態だ。目と眉と額は見える。目元を隠すのではなく、目元だけをさらしているのだ。
 本田はコンビニで弁当を買うつもりで外に出ていた。
「貴様も夜のものか」
「はあっ?」
「夜のものかと聞いておる」
 本田は漬け物を連想した。香の物だ。
「この時間、暗躍している夜のものだ。夜のものが活動する時間だ。貴様もそうか」
「僕は昼夜逆転で、最近夜起きているだけですが
「では、昼のものか」
「そういう分け方があるんですね」
「まあいい、ちょっとチェックしただけだ」
「それで、その、夜のものって何ですか」
 男の瞳が振動した。素早く目玉を動かしたので、揺れているように見えたのだ。
「このあたりを縄張りとする黒十字のものだ」
「そんな組織があるんですね」
「そう、組織だ」
 男の瞳がまたもや細かく振動した。
「でも夜って言っても明るいですねえ」
 本田はそんな感想を言ってしまった。
 街灯で、目の前にいる夜のものの目玉がよく見える。
「話をここまでだ。夜のものには気をつけろ。別の組織が徘徊している」
「夜のものって何ですか?」
「闇の世界だ」
「はあ」
 夜中に何がおこなわれているのだろう。やるようなことはないように思われた。夜に活動している人はいくらでもいる。それは職業だ。たとえば本田がこれから行くコンビニにもいる。深夜は時間給がいいので人気のバイトだ。それらは夜のものではないだろう。怪しくも何ともない。
 では、この黒マスクの男が言う夜の世界、闇の世界とは何だろう。特にするようなことはないように思う。
 そのことを不審に思い、本田は夜のものに聞いてみた。これが深夜の山中なら逃げ帰っただろうが、コンビニの明かりは見えているし、車はひっきりなしに通っている。
「わしらの縄張りに、よそ者が入り込んだ。先ほど言った別の組織だ。その組織は複数あり、もっとも人数の多い組織だ。下手をするとこの縄張りを取られる。これは侵略だ。なんとしてもくい止めないといけない。ここはわしらの組織の縄張りで、手を出すとひどい目に遭うことを示す必要がある」
 暴力団の縄張り争いのような図式だが、では、縄張りを得ることで、何が果たせるかだ。何らかの利権があるのだろうか。
 本田はそのことも聞いてみた。
「利権? そんなことでわしらは戦っているのではない。ここがわしらの土地だからだ。
 本田はこの町内の夜をよく知っている。未だかって、こんな黒マスクを付けた男と出会ったこともないし、戦っている姿も見たことがない。
 当然導き出される答えは一つだ。この男だけの世界なのだ。
 本田は「では頑張ってください」といい、コンビニへ向かった。
 黒マスクの男はしばらく棒立ちだったが、しばらくすると地面に耳をこすりつけた。かゆいのではない。地面から伝わる音を聞いているのだろう。
 まあ、そういう世界があれば楽しいだろうが……と、本田も思った。

   了

 


2009年9月27日

小説 川崎サイト