小説 川崎サイト

 

マグカップ

川崎ゆきお



 橘はいつもの喫茶店に入る。
 大ききなチェーン店で、セルフサービスの店だ。
 そしていつものようにホットコーヒーを注文した。
 カウンターで店員がカップに黒い液体を注ぐ。
「あれっ」と橘は違和感を感じた。いつもの絵とは違うのだ。
 それは見慣れないコーヒーカップで、どちらかと言えばマグカップだ。そして、いつものような受け皿がない。
 いつもの朝顔型のコーヒーカップではないだけでなく、皿がないことも異変だ。つまり、変化が二つある。だから、風景の絵が違って見えるのだ。
 チェーンなので、どの店でも同じだろう。だから、本部がそうするように命じたのだ。
 それに対して橘は別に異存はない。別に困らない。ただ、いつもの感じとは違うことで、違和感を覚えただけだ。
 しかし、自分だけこの器なのかと疑い、テーブルにつくと、すぐに他のテーブルを見た。やはり同じだ。マグカップに変わっていた。
 そして、コーヒーを見た。液体だ。色は同じだ。コーヒーそのものも煎れ方も違っていないはずだ。
 しかし、違う味わいだった。容器のせいだ。マグカップの分厚い縁がコーヒーを緩くしていた。良く言えばマイルドになっているのだ。これは液体が流れる川床が違ったため、液体の流れが変わり、コーヒーに影響しているのだ。これは雰囲気ではなく、物理的な現象だ。
 一口飲んだ後、マグカップの中を見た。カップの内側の壁だ。そんなもの、今までみようとも思わなかったのだが、今日は見た。
 見るべきものがあったからだ。
 それは、内側に記されたチェーン店のロゴだった。白い壁に茶色のロゴ。コーヒーは黒いがフレッシュを入れると、こういう茶色になる。
「目盛りだ」
 橘はすぐに気づいた。
 この店ではできあがったコーヒーをビーカーのような物に一度入れ、そして、薬缶のようようにそこからカップに注ぐ。それを客の見ている前で行う。
 このときの分量の目安となる水位が、このロゴなのだ。ロゴ位置が目盛りなのだ。
 橘は半ばコーヒーを飲んだところで、ロゴマークを見る。その真下にコーヒーの後が線となって出ていた。
 そして、このマグカップで飲んでいるとき、口にうまく入らなかったのか、途中で傾けるのをやめたときに流れ損なったのか、茶色いものがカップから垂れていた。それはそのままカップの下を目指している。
 そして、受け皿がないため、トレイに直接たどり着くだろう。
 しかし、これをサービス低下とは橘は思わない。
 なぜなら、数週間前からお冷や用の紙コップがガラスコップに変わっていたためだ。
 そのため、紙コップでの水より、おいしい水が飲めるようになったからだ。それで差し引きゼロだ。
 これらのことも、慣れればいずれは、これでなければ落ち着かなくなるのだろうなと橘は思った。

   了


2009年10月23日

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