小説 川崎サイト

 

深夜の徘徊

川崎ゆきお



 深夜、森田は徘徊する。時間が時間なので、これは散歩とは認められない。当然探索もあり得ない。町の探索なら昼間すればいいのだ。だから、それは夜間の徘徊者となる。そうなるためになったわけではない。状況がならしめさせているのだ。
 近頃の深夜は短い。遅くまで起きている人間が増えたからだ。
 それでも三時前後となると、町は寝静まる。
 森田はこの時間、主に徘徊する。
 いつもの路地を通っているとき、後ろから声をかけられた。
 迂闊だった。バックをとられたことにショックを覚える。そんな油断はしてないはずだったのだ。人の気配には特に敏感で、常に注意しながら歩いていたはずだ。
「今晩は」
 背後の男が小声で挨拶する。
 よほど気配を殺すのがうまい人間だ。
 森田は振り返る。
 昼間、ハイキングにでも行きそう服装だ。戦車のような靴だが、ブーツではない。頭は登山帽ではなくベレー帽だ。リュックはよく見えないが、それほど大きなサックではない。ハイカー風に見えたのは、コールテンのチョッキだろうか。
「失礼ですが……」
 男の表情は暗いのでよく見えないが、声が微笑んでいるように感じられた。きっとにこやか口元で声を出しているのだろう。そのため、声が転ぶようだ。
 街灯が眩しい。相手からは完全に顔を見られているのは確かだ。
「失礼ではないです」
 森田は妙な答え方をした。少し好意を感じたからだ。話してもいいと。
「あなたも、あの世界を探しているのですか」
 その質問に森田は答えられない。
「夜の世界が好きでしてね」
 しばらくして、そう答えた。森田にとっての「あの世界」とは、この深夜の世界だ。別に探さなくても時間がくればやってくる。
「もう一つの。いえ二つとは限りません。もっと多く存在するかもしれません。その入り口を探しているのでしょう」
 ここは住宅地で、特に怪しげな別世界への入り口などない。近くに神社があるが、入ってもすぐに出てしまえる。
「闇の中にて、ぽっかり口を開いた別世界が存在するのです」
 男の声は小さいが、深夜の路地だ。家が建ち並んでおり、壁で室内はふさがれているが、手を伸ばせば窓に当たる。その真下に人が寝ていれば、声が聞こえるだろう。
 森田は男を誘導するように、大きな通り間で歩いた。車がたまに通る。
「どういうことですか」
 あらためて男の話の続きを聞く。
「夜の闇がこのまま終わるとは思えません。昼間には見えなかった、または通れなかった入り口がポカリを口を開いているものです。そこは日常から遠く離れた闇の世界。こことは全く異なる場所に出るのです」
「きているなあ」と森田は感じた。当然口にはしない。
「先ほどの路地、あの先に古木が見えます。板塀の向こうですが、あそこが怪しい」
 怪しいのは君だと森田は言い出しそうになった。
「あなたは詩人か」
「いえ、私は闇の冒険者です」
「しかし、そんな入り口が古木にあるのなら、あの家の住人がとっくに気づいているでしょ」
「いえいえ、あれは目印でポータルなんです」
「ポータル」
「あっちへ行くためのワープポイントです」
「それであなた、今まで、ワープしたことあるのですか」
「何度もあちらへ飛んでます。でも規模が小さくて、袋小路のようになっているのです。まさに、袋がくくりつけられているだけで、そこからはどこにも繋がっていないのです」
「しかしねえ、現実問題として」
「あなたも探しているのでしょ」
 森田は、頭がいってしまっている人間だと認定し、別れの挨拶をした。
「それは残念ですねえ」
 男は、大通りから先ほどの路地に入り込んだ。
 森田は、気配を殺しながら、その後を追った。
 男は板塀の前にいた。確かに古木が見える。白っぽい幹なので月明かりでも十分わかる。
 男はじっとその場に立ち尽くした。
 五分ほど経過したとき、森田はしびれを切らした。
「今晩は」
 しまったと、森田は悔やんだ。またバックをとられたのだ。
 さっきの男だ。
 しかし、その男なら板塀の前に……

   了



2009年11月8日

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