小説 川崎サイト

 

いつもではない風景

川崎ゆきお



 深夜二時半。「そろそろだな」と内心呟きながら橘は部屋を出た。
 深夜の小道、いつもも道だ。昼でも夜でも勝手知った道だ。ただ夜の方が九割と圧倒的に多い。住宅地の中にある抜け道だ。一車線しかないので車はほとんど入ってこない。
 橘は夜行性動物のように、深夜徘徊している。夜の闇が好きなわけではない。また、人目を忍ぶため、夜間行動になっているためでもない。起きるのが夜のためだ。
 そして夜道が好きなわけではない。深夜の町をうろうろするのを楽しんでもいない。
 ちょうど二時過ぎは橘にとり昼過ぎに相当する。世間が晩御飯を食べる頃、朝食を食べる。
 小道を自転車で走る橘は昼休み中なのだ。ランチタイム後の休憩だ。食事はすでに部屋ですませている。
 食後血圧が上がる。そのため、ちょっとした運動が必要だ。食べた後じっとしていると辛い。だから、軽く体を動かす方が楽なのだ。
 小道から大通りに出たところにファミレスがある。そこで食事はしない。食後の喫茶店として使っている。
「あれっ」
 ファミレスは目の前にある。消えてなくなったわけではない。また、窓の明かりも十分ある。それなのに何か変なのだ。
 大通りを渡りながら駐車場を見る。大きめのワゴン車しか止まっていない。手前は自転車置き場だ。そこもスカスカで壁側にサドルが抜けた自転車だけが残っている。
 大通りを渡り終え、ファミレス前の歩道をゆっくりと進む。客席は二階だが、人の姿が見える。下から客は見えない。窓際に立てば別だろうが、その人影は膝から上が見える。
 よく見ると脚立に足をかけているのだ。窓枠とは違う斜めのラインが見える。
 そしてファミレスの看板が暗い。明かりが入っていないのだ。
「貼り紙」
 橘はすぐに事態を掌握する。数週間前からドアに貼り紙があった。清掃作業云々と書かれていた。日時までは読んでいなかったのだが、今夜がその当日だったのだ。
 ファミレスの入り口は二階にある。その階段手前に工事中のパネルが立っている。清掃中の間違いだろう。しかし、店内の修繕かもしれない。
 その証拠に、脚立を立ててまで掃除をしないだろう。天井の掃除なら別だが。
 まあ、それは橘にとってはどちらもよい問題だ。真の問題は喫茶休憩できないことだ。
 ファミレスを通り過ぎた橘の自転車は行き先を見失った。ペダルを回せば前へは進むが、指令塔からの命令がない。つまり、橘の頭はなにも決定できない。
 自転車だけが前へと進む。
「ちょっと遠いが、別のファミレスまで走るか」
 その夜の昼休みは、やや遠出となったようだ。

   了


2009年11月11日

小説 川崎サイト