小説 川崎サイト

 

岡目八目

川崎ゆきお



「知らないこと、自分の体験のないことは語れないか……というよくあるテーマなんですがね」
「はい、経験のない、体験のないことは話せないのは、話す必要がないからでしょ」
「ところが、たまに、知ったかぶりで話すことがあるんです」
「知らないことは話せないでしょ」
「想像で、話せますよね」
「はい、話せますね。確かに。想像というか、誰かの体験を聞いたり、読んだりして話せます。それはまあ、そうですねえ。すべて知ってること、体験していることだけで話しているわけじゃないのも、まあ、確かです」
「でしょ」
「はい」
「じゃ、どこに問題があるのでしょう」
「経験者がいる場で話すと、問題ではないですか」
「ああ、なるほど」
「だから、苦情が出ない場ならいいんじゃないですか。たとえば子供相手とか」
「要するに、バレなければいいのですな」
「このテーマ、気になりますか」
「実は私は子供がいないのです。子供を育てた経験はありません。だから、それに対して何かいうのは、だめなんじゃないかと」
「でも、あなた、育てられたのでしょ。その立場から語ればいいんじゃないですか」
「ああ、なるほど」
「親として話す必要はない」
「でも、赤ん坊の頃は記憶がないので、その場合はどうなります。赤ちゃんの立場で話せないです」
「で、それが問題なのですか」
「私は、テレビドラマとか、ドキュメントなどを見ておりまして、そういうところから得た知識で話すことが多いのです」
「ああなるほど、わかります。体験もないのに、同じように語るな、という具合ですね」
「そこまで露骨にはいわれたことはありませんが、この人、本当はわかってないのに話してる、という顔をされますので」
「しかし、あなたの意見の方が正しい場合もありますね」
「はい外野の方がよくわかる場合もあるでしょ」
「岡目八目って、いいますしね」
「それは客観的ということですね」
「まあ、それに近いでしょうな」
「それがだめなんじゃないですか。当事者じゃないから」
「ああ、つまり、同じ体験者、経験者ではないことだけが問題かもしれませんねえ。まあ、厳密にいえば、同じ体験をした人は一人しかないわけですが」
「でも、おおざっぱなグループ分けの中に入れてもらえないでしょ」
「人間は結局孤独なものですよ。だから、共通する人がほしいだけです」
「それで、私はどうすればいいのでしょう」
「もし、嫌なことをいわれたのなら、疎遠になればよろしい」
「はい、わかりました。また友人を一人失いますが」
「はい、年をとると歯が抜けていくものです」
「あのう、私、全部歯はあるのですが」
「あっ、そう」

   了

 


2009年11月23日

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