小説 川崎サイト

 

野菜村

川崎ゆきお



「野菜村がありましてなあ」
 三村のお爺さんがおかしなことを言い出したのは、その年齢に起こりがちな症状だと周囲は思った。
「野菜村に白菜のおばさんがおってのう。それは知らなんだ。キャベツのおばさんは知っておるが白菜は知らん。どこかに隠れておったのかもしれん。なぜなら、そんな家は村にはなかったからじゃ」
 三村家の家族は別に家庭菜園の趣味はない。また農家ではなく、勤め人の家だ。お爺さんのお爺さんは田舎の人で、農家だったが、三村のお爺さんが子供の頃は、そのお父さんも町で暮らしてる。だから、野菜村の話は昔の思い出とは言いがたい。
「動物村もあってな、イタチやイノシシが住んでおるのだ。野菜村と動物村は特に仲がよいわけではないが、悪いわけでもない」
「おじいちゃん、その野菜村はどこにあるの」
 高校生の孫がからかうように聞く。
「この近くじゃ」
 しかし、周囲は住宅地で野菜など栽培しているような場所はない。
「どれぐらいの近さ?」
「歩いて行ける距離だ」
「ないよ、そんな村」
 孫は、スパーの野菜売場のことでも言っているのだろうと思った。これは爺さんの妄想ではなく、ある場所をそう呼んでいるだけだと好意的に考えたのだ。
「どうして、白菜のおばさんなの」
「わしが聞きたいほどだ。どうして今まで姿を現さなかったのか、そして、どうして今、出てきたかじゃ」
「でも、どうしておばさんなの?」
「割烹着だし、若くはない」
「白菜に似たおばさんなの?」
「いや、あれは白菜だ。野菜だ」
「でも、近所にそんな村ないよ」
「野菜村はある。少し山手に動物村がある」
「山って爺ちゃん、ここから遠いよ」
「いや、歩いていける近所にある」
 孫はそこで引いた。
 その後、三村のお爺さんが野菜村の話を始めても適当に相づちを打つ程度にした。
 しかし、野菜村と動物村の関係や、村で起こった様々な事件をお爺さんは語り続けた。
 野菜村の世界が不思議なのか、お爺さんが不思議なのか、まあ、どちらでもいい話だが、強いて言えば、お爺さんが不思議なのだろう。
 
   了



2009年11月26日

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