小説 川崎サイト

 

弁護士事務所の怪

川崎ゆきお



 自称探偵と名乗る花田という男が弁護士事務所で面接を受けた。書類選考をしなかったのは事務所の怠慢だろう。その手間よりも、面接の手間で大事な時間をとられるからだ。しかし、その弁護士はそれを苦痛とは感じていないようだ。履歴書を見るより、人を見た方が早いためだ。
 花田を見た弁護士の決断は早かった。
「探偵」
「はい」
「弁護士事務所は探偵じゃないよ」
「親戚かと」
 花田は薄汚れた上下の色違いのスーツで、髪の毛の先は方々に出ていた。そういう髪型がはやっていないことはファッションに疎い弁護士にもわかった。それにノーネクタイだ。
 不採用は一秒で決まった。
 しかし、一秒ですませるわけにはいかない。今度は好奇心での面談に切り替えた。世の中には目の前にいるような、妙な男もいる。それは何らかの参考になるかもしれないと感じたからだ。
「最終学歴は?」
「はい、探偵通信講座を修了しました。ただ、卒業ではありません」
「あ、そう」
「今は、なにを職業にされていますか」
「はい、探偵業が滞っておる関係から下駄のカバーを売ってます」
「下駄のカバー?」
「下駄の先につける袋のようなものです。雨が降ったとき、濡れないように。まあ濡れますがね、泥なんかが足袋に付かない程度の効果はあります。これって、あまり売ってないんですよね。コンビニにないでしょ」
「学歴は?」
「そこそこです」
「本は読みますか」
「空手の習い方という本を読んだ覚えがあります。初心者向けですよ」
「他には」
「探偵の通信講座を受けていた関係からそのテキストを読みました。刑法や民法の概略です」
「著者は」
「その探偵通信講座をやっている人が書いたものだと思います」
「あ、そう」
「それがなかなか難しくて、難儀しました」
「どこかに所属したことは?」
「はい、通信講座に参加してました。つぶれましたが。よく考えると、その教材を売ってただけの組織でした」
「先ほど、卒業ではなく修了と言われましたね。どういう意味でしょう」
「修了では探偵の免許はもらえないのです。卒業するに卒業試験を受けないといけないのですが、それがもう高くて高くて」
「払えなかったと」
「ご名答」
「それで、うちに来て、なにをなさろうとしていたわけですか」
「探偵です」
「あ、そう」
 弁護士は、そろそろ飽きてきたので、引き取ってもらうことにした。
「結果は後日ということで」
「住所がないのですがね」
「じゃ、ケータイにメールでお知らせしますよ」
「ケータイないんです」
「あ、そう」
 答えは決まっている。今即答してもいい。連絡方法がないのだから。
「じゃ、結果を今言いましょう」
「ちょいと待ってください。深呼吸します」
 花田は、続いて指を妙な形に組み始め「いこまのしょうてんさーまひえーざんのこうそうさーまろくはらみたじはんにゃしんきょうーさーま」と、唱えた。
 弁護士は言葉に詰まった。

   了



2009年12月9日

小説 川崎サイト