小説 川崎サイト

 

キリギリスのバチ

川崎ゆきお



「寒くなりましたなあ」
 キリギリス男が話しかける。
「蓄えは十分です」
 アリ男が答える。
「いや、アリ君の蓄えを頂戴したいということじゃないよ。僕は気候の話をしているだけでね」
「寒くなると、食べ物が減りますよ」
「ああ、それは気候に関係するねえ」
「そうでしょ、だから、天気の話ですよ」
「いや、僕はねえ。単純に寒くなったことを言いたかっただけなんだ」
「天候はいろいろなものに影響します。だから、それを先読みして行動するのがよいかと」
「それはわかっているよアリ君」
「蓄えはないのでしょ? キリギリスさん」
「まあ、例年そんな感じだが」
「じゃ、私の食料、分けてあげますよ」
「ありがたいねえ」
「いえいえ」
「何か反省してからでないとだめだろうね。やはり」
「そんなことないですよ。余ってますから。蓄えすぎて腐り出すので、早く処理したいのです」
「それ、本当に無料でいいの」
「いいですよ」
「じゃ、やはり、何か反省してから頂戴するとするか」
「そんな決まり文句はいいですよ」
「そうだね。毎年反省してもらっているのだけど、いっこうに反省になっていないからね。反省しているなら夏場働くよね」
「だから、反省なしで、持っていってください」
「悪いねえ。アリ君。僕はこんなことばかりしていて、バチがあたりそうだ。きっと天国へはいけないよ。悪いから、太鼓を演奏するよ。今年の夏は太鼓にはまってね。そればかりやっていたから、いいバチさばきになったよ」
「いいですよ。太鼓は」
「太鼓がだめなの」
「だめじゃないですけど、そんなの聞いても別にありがたくないから」
「あ、そうなん。音楽って楽しいじゃない」
「別に」
「じゃ、何か別のことで、恩返ししたい」
「そんなの必要ないですよ。キリギリスさん。本当に腐ってしまうので、持って帰ってほしいんです」
 キリギリス男は大量の食料を貰った。
 しかし、なぜか罪悪感がある。気持ちが収まらないのだ。
 アリ男は気持ち良さそうにしている。
 キリギリス男は、しばらくすると、それも忘れ、バチをふりまわした。

   了




2009年12月15日

小説 川崎サイト