小説 川崎サイト

 

霧の夜

川崎ゆきお




 増田は夜中、いつものように外に出た。決まった時間にファミレスへ行く。
 時間は深夜の三時前。夏なら明け方に近いが夜の長い冬場は夜の底だ。
 増田の生活は夜型だ。
 外に出たのはいいが、妙だ。
 神秘とはこのことかと思えるような霧が出ている。カメラのレンズの前につける霧のフィルターのようだ。ぼんやり霞んでいるが立体的だ。
「これが本物のフォグフィルターなのだ」
 それはフィルターではない。それなら室内にいても霧がかかるだろう。
 自転車のサドルが濡れている。霧吹きで水を吹き付けたような感じだ。
 納屋のタオルでサドルを拭く。
 裏庭から自転車を出し、走る。
 オートライトの自転車ランプが棒のように延びる。光がレザー光線のように出ているのだ。
「おお、素晴らしい。特撮だがCGじゃない。リアルだ」
 数メートル先がぼやけている。見えない。夜でも街灯の明かりで白い闇となっている。
 進むと鮮明度が増す。近くは増すが、遠くはそのままだ。ちょっと広い屋内を走っているような感じだ。無限域が見えない。
 数メートルの壁だが、この壁はすり抜けられる。しかし、抜けても抜けても壁は現れる。
「ファンタジーじゃないか、これは」
 確かに霧はロマンチックだ。日常がぼんやり見えるため、リアルさが半減する。リアルが減った分ロマンが割り込む。
 雪でもなく雨でもなく、霧になっている。どこかで妙な温度差が出たのだろうか。
 増田はいつものファミレスへ向かう。
 自転車で数分だ。道沿いの風景は知り尽くしている。それだけにいつもの日常風景とは趣が違うため、その差が楽しい。
 やがてファミレスのある十字路に出る。そこを左折すれば店の明りが見えるはずだ。
「まさか……」
 消えていたりはしない。
 霞んだファミレスがやはり見える。
「そして」
 増田は階段を上り、店のドアを開けようとする。
「まさか」
 その、まさかはない。
 霧はなく、明るいファミレスの店内だ。
 他の客の話し声が聞こえる。
「すごい霧ですよ。前が見えない。車じゃ危ないですよ」
 客が店員に話しかけている。
 店員は霧の発生を知らない。
「何か異変が起こるんじゃないですかね」
 店員は縁起の悪いことを言う。
 増田はいつもの席で煙草を吸う。
 煙が出るが、霧ほどのフィルター効果はない。

   了

 

 


2010年2月1日

小説 川崎サイト