小説 川崎サイト



仏壇返し

川崎ゆきお



 ビジネス街の中に民家が残っている。普通の家だが、かなり古い木造家屋だ。
 貞は一人で住んでいる。夫の遺産と年金で生活は苦しくない。
 貞がそれに気付いたのは二回目だ。夫の位牌が反対側を向いていた。もう死んで十年以上になる。
 仏壇はそのとき買った安っぽいものだが、粗末にした覚えはない。
 月参りに来たお寺さんに、そのことを話してみた。まだ若い坊さんだ。
 坊さんは位牌が勝手に反対側、つまり背を向けるとは考えにくいので、貞の思い違いではないかと判断した。
 貞は納得した。気味の悪い話なので、ずっと黙っていたのだ。しかし二回続くと不安になったのだ。
 しかし翌日、また動いていた。
 貞はたまらずお寺さんに電話した。
 若い坊さんも興味を持ったようで、調べてくれた。
 坊さんは仏壇に耳をあて、じっと何かを聞いている。
 坊さんは地下鉄のホーム拡張工事で、この家のすぐ横にある幹線道路の下を掘っているため、その振動で位牌が動くのではないかと説明した。
 貞も地下鉄工事のことは知っており、夜中に耳鳴りのような音が聞こえるので、振動が原因かもしれないが、それなら他のものも動くはずだ。
 若い坊さんは、仏壇の構造が共振しやすい箱型で、しかも滑りやすい台の上に位牌が乗っているからだという。
 貞はそれで納得した。
 しかし、気味が悪いので、位牌を寝かせた。
 翌日の朝、見ると位牌は動いていなかった。
 その翌日、貞はお寺さんに電話した。
 若い坊さんは部屋に入った瞬間、棒立ちになった。
 仏壇が裏を向いていたのだ。
 仏壇が振動で回転するスペースはなかった。家具と家具の間に置かれており、しかも畳の上だ。振動で動くはずがない。
 若い坊さんは、貞を見た。
 貞は目を伏せている。
「お婆ちゃん、元気ですねえ」
「はい、お陰さんで」
 若い坊さんは仏壇をそっと手前に引いた。
 意外と軽かった。
 
   了
 




          2006年6月4日
 

 

 

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