小説 川崎サイト

 

共存

川崎ゆきお




「嫌いな人がいるのです」
「あ、そうですねえ。いますよね。そういう相手が」
「できれば、同じ場所にいたくないのです」
「できれば……でしょ。実際には不可能じゃないですかね」
「でも、気分が悪いし、居心地も悪いし、ずっとそんな状態だと気が滅入ります。別に楽しくなくてもかまわないですが」
「共存と言うことをご存じですか」
「はい、知ってます」
「異なる人間が、お互いに認め合いながら暮らす世界です」
「でも、認めようとしても、真からそう思えません。認めた振りはできますが、それは嘘でしょ。本当じゃないし」
「あなたも、そう思われているかもしれないのですよ」
「私がですか」
「そうです」
「私はそれほど嫌われるような人間じゃないです。それに嫌いな人以外なら、認めています。少し違っていても。私にそれ以上の寛容能力はありません。限界があります」
「その人は、どんな感じなんですか」
「思い込みが強いのです。答えは最初からあって、それ以外は認めないし、また、聞く耳は持たないのです。だから、話し合っても無駄なんです。話は話として聞くと言ってますが、聞くだけのことです」
「頑固な人なのですね」
「はい、他の人は、それほど頑固じゃありません。異常なほど頑固で、自分が一番正しいと思っている人です」
「他の人はどうなんです。その人のことをどう思っています。あなたのように嫌いで仕方がないと思っているでしょうか」
「我慢できていると思います」
「他の人は我慢でき、あなたは我慢できない。そういうことですね。他の人は共存しているわけです」
「では、私が悪いのですか。私の我慢が足りないのですか」
「そうじゃなく、無視しているんだと思うのですよ。他の人はね。まともに考えると不愉快になるので、うまく処理しているのでしょう」
「それが共存と言うことなのですか。無視することでしょ。それは」
「じゃ、共存は無理だとして、あなたも他の人のように、処理することです」
「でも、それじゃ、私たちが機嫌を取っているだけのことでしょ。私たちが我慢しているだけのことでしょ」
「何処にでもそういう人がいるものですよ」
「私もその嫌われている人になりたいです。一番優遇されているのですもの」
「周りが気を遣っているだけのことですが、嫌われ者は誰からも信頼されていないので、それがどこかで返ってきますよ」
「それは私の問題ではありません。私はどうすればいいのかを聞いているのですが」
「それほど嫌なのなら、逃げることですね。その場を去ることです」
「共存はどうなりました」
「去れるのなら、共存する必要はありません」
「はい、去れます。その場を去ります。でも、それって、私が負けたことになるので、嫌です」
「それは……」
「それは、私の考え方の問題だとおっしゃりたいのでしょ」
「好き嫌いだけの問題です」
「それが最大の問題なんじゃないですか」
「それは、あなたの発想で……」
「皆さんはそうじゃないと」
「まあ、我慢しているのでしょう。やはり、適当なところで、無視するなり、相手にならないことでしょうね」
「はい、いつかチャンスが来るまで、待ちます」
「チャンス」
「ぎゃふんと言わせるチャンスです」
「あ、まあ、ご随意に」
 その後、その嫌いな人は、誰も手を下さなくても自滅したらしい。
 
   了
   

  


2010年4月4日

小説 川崎サイト