小説 川崎サイト

 

松川ワープ

川崎ゆきお




「落ちつかれましたかな」
「はい、少しは」
「松川町は都心にあります。ここは田舎町。いいですかな」
「はい、理解しております」
「だから、あなたの会社は、この近くにはないのです。分かりますね」
「しかし、行ってきたのです」
「石材店の横の路地は、ビジネス街には繋がってはいないのです。その先は行き止まりで、アパートの裏側の塀に突き当たるはずです」
「どうしてなのかが分からないのですが、石材店の横に入ると、松川のオフィス街へ」
「こういうことにはきっかけがあります。トリガーです」
「はい」
「何をそのとき感じたかです」
「あの頃」
「はい」
「あの頃、ここへ来た記憶があります。一度だけです」
「あの頃とは」
「松川町で働いていた頃です。まだ三十代で忙しい頃」
「その頃、ここへ」
「あの石材店に記憶があったのです」
「では、繋がりは、石材店ですかな」
「石材店を見た記憶があるのです。懐かしく思いました。何十年かぶりです。あの石材店の前を通るのは」
「つまり、あなたは忙しい三十代の頃、石材店の前を通った。そういうことでいいですね」
「そうです。すると、風景が変わり、ビジネス街へ」
「石材店とビジネス街が繋がったわけですな」
「そうです。石材店には何の思い出もありません。でも、あの石材店の前を通った頃、会社が非常に忙しくて、それを思い出しながら前を通ったような」
「石材店がトリガーになり、昔の記憶へと繋がったと」
「はい、おそらく」
「しかし、あなたはワープしてはおりません。石材店の横の路地を歩いていて倒れられたのです」
「いや、私はオフィス街へ確かに行ってきたのです」
「おそらくそれは、倒れたとき、何かを見たのでしょう」
「夢のようなものでしょうか」
「それは分かりませんが、精神的なワープでしょうな」
「ありがとうございました。最近よく飛ぶのです」
「松川町は、今ゴーストタウンで、もうオフィス街ではなくなってます。あなたが行った松川町は、あなたの記憶の中のオフィス街でしょうな」
「そうですか、ゴーストになりましたか」
「あなたも、ならないようにね」
「はい、注意します」
 
   了
   


2010年4月21日

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