小説 川崎サイト

 

卵の話

川崎ゆきお




 二人のビジネスマンが会議を終え、地下鉄に乗ろうとしてた。
 いつもならすぐに来る電車が来ない。事故でも起こしているのかもしれない。またはさっき出たところだろうか。
「卵焼きはどうするかだ」
 上役が部下の目を見て言う。
「目玉は焼きは油を使う。卵のうまさではなく油に負ける。まあ、それもいいのだがね」
 会議は卵焼きの話ではない。
 また、二人は食品関係の会社でもない。
「うどんに落とすのもいいのだが、煮る時間が面倒だ。私は卵は生では食べられないんだ。下痢をする」
「あのう、奥さんは」
「聞いてなかったかね。まあ言う必要はないが、もう二年前に出ていった」
「娘さんがおられたように」
「一人暮らしがいいのか、家にはいない」
「ああ、そうでしたか」
「それより卵だ。安い。だから、これをメインにしたい」
「今度の仕事ですか」
「うちは工場の機械屋だ食品は関係なかろう」
「さっきの会議なんですが、あれでよかったですかね」
 部下は、さっきから、その話をしたかった。
「何だった?」
 部下は鞄から提案書の写しを取り出して、見せる。
「いいんじゃない。これで」
「通るでしょうか」
「それは、先方次第だ。これで飲んでくれなけりゃ、押しても仕方がない」
「もっとアピールしたほうがよかったかもしれません。価格も高い目に設定しすぎたような」
「適当でよろしい」
「はい」
「ゆで卵は喫茶店のモーニングで毎日食べておる。だから、別の方法はないかな? 君ならどうする」
「黄身ですか」
「いやいや、そうじゃない。木村君、君なら卵をどう料理する。いや、卵料理は多いだろ」
「ああ、子供の頃家庭科の授業で目玉焼きを焼いた程度で、それ以上の体験は」
「あ、そうなの。独身でしょ、君は」
「はい、全部外食です」
「余裕だね」
「はあ、それより今週中に連絡がなければどうしましょう。下げますか。価格を。それともメンテナンス半年無料とか」
「ああ、適当でいいよ」
「はい」
「卵の賞味期限はどれほどかな。いやね、大きなパックを買ったんだよ」
「冷蔵庫に入れれば、数週間は持つらしいですよ」
「数週間。じゃ一週間以上は大丈夫なんだね。三週間はどうかね。実はひと月前のが残ってるんだ。四週間強かな」
「あのう、部長」
「何だ」
「書いてあると思いますよ。パックのどこかに」
「意外と知ってるじゃないか。いいことを聞いた。いやね、目が悪くて、小さい文字が見えないんだよ。老眼使えば見えるんだけどね。そこまでして確認するほどのことか、と、ついつい、そういう丁寧さから遠ざかってね」
 電車が来た。
 十分ほど遅れたとのアナウンスがあった。
 
   了


2010年4月23日

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