小説 川崎サイト



大声

川崎ゆきお



 大黒富一は大声を出された。
 大声で叫んだのは小学生三人だった。
 下校中、通りかかった大黒を見て叫んだのだ。
 大黒は熊とあだなされる程の大男で、頭は遠近感が狂うほど大きい。
 その日は仕事が非番で、近所の川で釣をしての帰りだった。よく通る道だが下校時間と重なることは殆どない。
 大黒はその容姿で相手が驚くことには慣れていたが、本物の熊と遭遇したときのような叫ばれ方をされるのは初めてだった。
 近くに立っていた警護の主婦や老人が駆け寄って来た。
 大黒は容姿とは裏腹に臆病者だった。動物的危機を感じ、逃げようとした。
 それを見た子供達は、また大声を出した。
 大声は遠くまで聞こえるようで、近所の人も出て来た。
 大黒はパニックになり、いきあたりばったりに逃げた。
 主婦や老人が笛を吹いた。子供達は例の大声で叫び続けた。
 すぐにパトカーが到着し、警官は大黒を取り押さえた。逃げたのがいけなかった。
 警官は子供達に事情を聴いた。
「この人に何かされたの?」
「何も」
「じゃあ、どうして大声で叫んだの?」
「あやしいおじさんだったから」
 警官は大黒の釣り竿を調べている。それなりに重みがある。
「この竿で襲って来た?」
「ううん」
「じゃ、どうして叫んだの?」
「あやしいおじさんだから」
「三人共叫んだの?」
「うん」
 パトカーの前には人だかりが出来ていた。
 学校からも先生が駆けつけていた。
 警官は大黒が出した免許証を見ながら無線で問い合わせている。
「引き上げますか?」
 運転席の警官が言う。
 子供達の親も来ていた。
 大黒は親たちに謝っている。
「帰っていいですよ大黒さん」
 運転席の警官が言う。
 子供たちはその日、学校で怪しい人と出会ったとき、大声を出して危険を知らせる発声訓練を受けていたようだ。
 大黒は二度とこの時間に通学路は通るまいと決心した。
 
   了
 
 




          2006年6月9日
 

 

 

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