小説 川崎サイト

 

通る

川崎ゆきお




「いつも通る自転車の人、今日はこないねえ」
 窓際で老婆が孫に話す。
「白い帽子で黒いマフラーのおじさんでしょ。あれは幽霊よ」
「そうだったかねえ、でも毎日通ってるのだから、何かしてる人だろ」
「何を?」
「だから、仕事で往復してるんだよ。通勤してるんだよ。朝と夕方見かけるんだから」
「でも、そんな人いなかったよ」
 老婆が自転車の男を見たとき、ちょうどそのとき孫がいたので、あの人毎日ここを通る定期便だよ。と老婆が言った。孫は老婆が指さす場所を見たが、そんな人は通っていないと言った。
 そんなことが二回ほどある。
 老婆にだけ見える人物なので、孫はそれを幻覚とは言わず、幽霊と言った。
「きっとその幽霊、お婆ちゃんが見ているときだけに現れるのよ。どこにも行かないのよ」
「会社に行ってるんだよ。帰りは家に戻って行くんだよ。幽霊なんかじゃないよ」
「でも、私には見えないわ」
「目が悪いんだよ」
 老婆が見ている自転車の男が実在するとすれば、孫が問題になる」
「ああ、見えた見えた。帰り道だよ。今日は遅いんだ。いつもより遅いんだ。ほら、見えるだろ。あそこを白い帽子とマフラーで…」
「見えないわ」
 その自転車は老婆の視界から消えた。植木で見えなくなったからだ。
 そして、老婆の家の裏口に、その自転車が止まっている。
 その男は白い帽子と黒いマフラーを外し、老婆の部屋に入ってきた」
「母さん、具合はどう」
「ああ、達者だよ」
 横にいた孫は、知らぬ顔で部屋を出て行った。
 
   了
    


2010年5月11日

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