小説 川崎サイト

 

水攻め

川崎ゆきお




 訪問者は備中高松城を思い出した。彼は画商で、洋画家の敷地内に足を踏み入れた。絵を受け取るためだ。
 敷地なのか池なのかわからない。池の中に家が建っている。
 戦国時代秀吉が水攻めした高松城のようになっている。画商はその印象だが、他の人なら洪水を連想するだろう。確かに梅雨時で雨が多い。
 画家の名前が清水であることも、高松城の清水宗治と繋がり、水攻めを絵を連想したのだろうか。
 門から玄関までは平らな石が埋め込まれている。画商はその石を橋のように渡った。
 チャイムを鳴らすと、すぐに清水画伯が出てきた。
「見事な庭……いや、池ですか」
「池です」
「元々池だったのですか?」
「掘りました」
「絵は、できていますか?」
「見ましたか?」
「まだ、見てませんが」
「睡蓮です。レンコンも植わってます」
「ああ、池にですか」
 画商は水ばかり見ており、浮き草までは見ていなかった。
「印象派の庭ですよ」
「鑑賞しながら、絵を描くのですね」
「鑑賞?」
「ああ、観察ですか」
「参考にはしますが、写生はしません」
「そうなんですか」
「湿気ます」
「梅雨時ですから」
「オールシーズン湿気ます」
「この家、浮いているのですか」
「いや、土の上に建ってます」
「はい、了解しました。それより、絵の方を」
「今日でないとだめですか」
「そんなことはありませんが、先生が、今日、取りに来てくれと……」
「できる予定だったのですがね」
「あ、そうなんですか」
「湿気ていてねえ」
「体に悪いんじゃないですか。この家」
「気に入ってます」
「じゃ、完成したら、お電話ください」
「はい」
 
   了


2010年6月27日

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