小説 川崎サイト

 

妙法城

川崎ゆきお




 利用者がいなくなったのか空いている場所がある。橋の下だ。
 増田はいい場所を見つけたと思い、荷物をそこに置いた。前の人が残した物をそのまま使える。どこで拾って来たのか戸板が数枚あり、それを立て掛けると家は難なく完成した。
 荷物の整理をしていると、戸板をたたく音がした。
「はい」
 増田が戸板をずらした。
 増田と同じような風貌の男が立っていた。
「ご近所の方ですか」
「まあ、そうだ」
「気が付きませんで、挨拶遅れました」
「ここの人、いなくなったからね。だから、使っていいよ」
「はい、お世話になります」
「私は、向こう岸に住んでる。よろしくね」
「はい」
「ここへ来るまで、何処に?」
「城に住んでました」
「城?」
「妙法城です」
「聞いたことないなあ。こう見えても、私は歴史に詳しい。その城、あまり歴史には登場しない城のようだね」
「それは知りませんが、天守閣に住んでました」
「何処にあるの?」
「岐阜県です」
「岐阜といえば美濃だね。美濃の山城かね。しかし、天守が残っている城なんだから、ローカルな山城じゃない。それに天守を持つ城なら、知られた城だよ」
 男は増田が嘘を付いていると察した。それでふつうだろう。無知な人間ならだませても、少しは知っている人間なら、あり得ない話だ。天守が残っている城で、しかも、そこに住んでいたというのだから、嘘に決まっている。
「じゃあ、その天守は何層だい?」
「四階建てでした」
「その最上階に住んでいたんだね」
「はい、ここに来るまで」
 男は、そこで察したようだ。
「どうして、城を出たのかね」
「中に入れなくなったんです。追い出されました」
「最初から、入れない場所でしょ」
「いえ、無人で、誰もいないし、塀は簡単に乗り越えられたし。ほかにも住んでいる人がいたし、夜にはアベックが」
 男は、それがどういう場所なのか、おおよそわかった。
「取り壊す金がないということかい」
「はい」
「それで、危険な場所になってるので、文句が出て管理がきつくなったんだね」
「その通りです」
 増田は天守で襲われかけたことがあり、梯子を上げて防戦したことを思い出した。
「もう、怖くて怖くて」
「ここも危ないから、気をつけるんだよ」
「はい、ありがとうございます」
 増田は、前にいた人が、どうして出ていったのか、気になった。
 
   了



2010年6月28日

小説 川崎サイト