小説 川崎サイト

 

石上地蔵

川崎ゆきお




 畳一畳分ほどの石がある。ここまで大きいと岩だろう。石の上は平らだ。最初からそういう表面の石だったようだ。それを神社に運び込んだのかもしれない。
 巨大なまな板のようにも見える。川にあった洗濯岩だったのかもしれない。
 いずれも、今では用のない塊だ。
 その石に「石上地蔵」と立て札がある。
 妖怪博士はその石をじっと見ている。
 地方都市での講演の帰り、ふと立ち寄った「石上村」という地名にふらついたからだ。
 ふと、そして、ふらりの行動には、何か振れるものがある。微妙な振れを感じる。
 ただ、妖怪博士には霊感はない。言葉に振り回されているだけなのだ。
 また「石上村」は、際だった地名ではない。
 妖怪博士はそれを「石神村」ではないかと勘ぐった。根拠はない。ただの語呂だろう。語呂感だけで振られたわけだ。
 貧乏神のような容姿の妖怪博士を神主の息子が見ていた。声をかけようか、かけまいかと一応は思案し、そしてかけてみた。だから、すんなり声かけに至ったわけではない。
「地蔵はありません」
 台だけで、地蔵はないことを告げる。
「そうか、地蔵が浮かんでこないのでな。どう見ても平らな石なので。すり減ったのかと思った」
「石上地蔵さんは立ち上がって出ていったらしいです」
「最初からなかったのではないかな」
「鋭いです」
「地蔵を立てた形跡がなかろう。ご飯粒でくっつけていたわけでないだろうしな」
「はい。この地蔵はイシノウエ地蔵といいます」
「イシガミではないのか」
「いえ、石の上です」
「上?」
「石の上にも三年の、あの石です」
「つまり、石の上にも三年という言い方がされてからできた地蔵なのだな」
「さあ、よくわかりません。江戸時代の話だそうです。この村での話です」
「その時代から、ここは石の上村だったのかな」
「石上村です」
「では、石上村の石の上地蔵……ということだ」
「はい、それが、いつの間にか石上地蔵になりました。のをとっただけです。とれたのです。自然に」
「なるほど」
「伝説、聞きます?」
「ああ」
「絵師がいました。売れない絵師でしたが、石の上にも三年で、頑張っていました。でも三年が過ぎても芽が出ません。そして、五十年も石の上にいました。
「それは喩えだな。実際に石の上に五十年もいるわけがない」
「はい、絵師の人生がモデルです」
「絵のモデルではないな」
「はい、そうです。その絵師の一生がモデルになった伝説です」
「それは聞いた。続けて……」
「はい。石の上に三年は立ってました。四年目からは座ってました。十年目からは寝転がってました。そのまま七十の年まで寝転がり、七十一歳の時、もうあきらめて石から離れました。立ち上がって、出ていったのです」
「石の上にも七十年だったわけだ。それでも駄目か」
「はい、絵は評価されないままでした」
「それは、教訓にはならんな」
「いえ、教訓ですよ。いくら一所懸命にやっても才覚がない人間では無理だという」
「なるほど。逆のことわざもあるからのう」
「それで、記念に石を」
「はい、石布団です」
 妖怪博士はこの種の皮肉っぽい現象が好きなようだ。
 よい、寄り道をしたと思い、駅へ向かった。
 
   了


2010年7月12日

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