小説 川崎サイト

 

野良の人

川崎ゆきお




 山裾にログハウスが見える。
 岸本はやっとたどり着いた。
 初夏なのに、まだ冬の服装で、大きな紙袋を二重に重ね、手提げバッグにしている。手提げ箇所の紐が指に強く当たるため、ビニール袋をぐるぐる巻きにしている。それでも、指の腹に食い込む。しかし、あと少しの辛抱だ。
 ログハウスの手前に簡単な竹垣があり、蔓系の植物が巻き付いている。庭に当たる場所は畑になっているのか、緑が豊かだ。
 畑の間を縫うようにログハウスへ続く道がある。ここはアスファルトで、屋根のない駐車場がある。車は普通の乗用車で、持田の車だろう。結構新しい。
 ログハウスは高床式だが、玄関口は地面にあり、階段を上がらなくても中に入れた。
「持田さん」
 岸本は大きな声でログハウスの主人を呼ぶ。
 土間が広い。そこに農作業に使うのか、耕運機や模型のようなブルドーザーがある。
 その土間から部屋はよく見える。暑いのか開け放しているようだ。
 階段を下りてくる音がする。持田は二階にいたようだ。
「おっ」と、驚き顔を作り、持田は岸本を見る。土間にいる岸田は見下されている感じだ。岸田から見ると、持田を見上げている。
「えーと」
 持田は対応を決めていないようだ。とっさのことなので。
「いやー久しぶり持田さん。山に引き籠もったと聞いてたけど、元気そうじゃない」
「いや、元気だから、山暮らししてるんだよ」
 持田は名の通ったミュージシャンだが、もういい年をしている。たまにナツメロ番組に出演し、知名度はかなりある。知らない人はいないほどの有名人だ。
「小作でいいんだけどね」
「コサク」
「コサックじゃないよ。小作人だよ。田圃、手伝いたいんだ、農作物、いろいろ作っているってテレビで言ってたじゃない」
「これは、趣味だよ」
 岸本は紙袋からCDケースを出す。
「最近の曲だよ。まあ、おみやげ代わりに」
「あ、そう、じゃ、聞いてみるよ。それとね人を雇うほど裕福じゃないから」
 岸本の願いはここで粉砕した。
「でも、一人で農作業大変なんじゃない。それにここ、一人でやってるんだろ」
「あ、ここはスタジオなんだよ。別荘として買っただけだから」
「借りてるんじゃなく、買ったの。土地も」
「ああ、まあ、そうだけど。それにここで暮らしているわけじゃないしね。ここは仕事場のようなものさ」
「小作人、ダメ?」
「ダメダメ」
「昔のメンバーじゃない。また一緒にやろうよ。別の音楽やろうってわけじゃないんだ。野良仕事でいいんだからさ」
「悪いけど、これから局へ行かないと」
「テレビ?」
「いや、ラジオ番組やってるから」
「あ、そう」
「じゃ、出るから、君も一緒に町まで送るよ。ここはもう閉めて出るから」
 車は山道を下っていく。
 岸本が二時間かかってたどった道だ。
 運転中、二人は全くの無言だった。
 駅前で岸本は降ろされた。
 
   了


2010年7月20日

小説 川崎サイト