小説 川崎サイト



成長の家

川崎ゆきお



 益田良春は思い切って上司に意見を述べた。普段思っていることを率直に述べた。イエスマンの益田にとっては並々ならぬ決心で勝負に出た感じだ。
 どこかで自分の意志を出さないと、このままでは上司のペースだけが優先されると感じたからだ。
 しかし、結果は裏目に出た。
「悪い本でも読んだのかね」
「いえ」
「君が言うべき問題ではないよ。大人しく指示に従っていればいいんだよ。会社の問題を君が言うべきじゃない」
 上司は主流派に属していたため、反主流派的な益田の意見が耳障りだった。そのため、聞こえない場所へ移動を言い渡された。
 益田はノーと言える自分を示せればよかったのだが、そのノーが命取りになった。
 息子の良和は失恋し、立ち直れないまま日々過ごしていた。もう二度と恋愛はしないと思うようになっている。
 妻の明子は近所から爪弾きされ、それを乗り越えようと、様々な手を打ったが、すべてが裏目となり、弾かれる距離が以前よりも長くなった。
 益田は帰宅後、すぐに妻に話した。
「移動って?」
「玉砕だよ」
「言うだけのことは言ったんでしょ」
「ああ」
「言い過ぎたのかも」
「そうじゃない。俺が意見を言うことに驚いたようだ」
「それより良和、学校に行かないのよ」
「失恋のショックか」
「部屋にこもったままよ」
「何度も話し合ってるよ……良和とは。これ以上言うことはないさ」
「それより、近所の人、すれ違っても目を合わさなくなってるの」
「話し合いが足りなかったじゃないのか」
「普通に話しかけたわよ」
「まあ、引っ越して間もないからな」
「ねえ、移動でお給料下がるのでしょ。この家のローン大丈夫?」
「頑張って課長になれるはずだったんだけど、裏目に出たよ。もう何もしないさ」
「そうねえ、わたしも近所付き合い、諦めるわ」
 この一家は成長を止めたが、その後はそれなりに平穏な日々を過ごしている。
 
   了
 




          2006年6月14日
 

 

 

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