小説 川崎サイト

 

アルミと自転車

川崎ゆきお




「立花さんじゃないですか」
 水田は声をかけようかかけまいかと迷ったが、かけてみた。あまりにも珍しい人だったので。
 声をかけられた立花は仕訳していた。アルミ缶だけを抜き取っていたのだ。
「あ、水田君か」
 水田は著名なイラストレーターとなり、広告関係で活躍している。今では権威だ。
 アルミ缶回収の立花は大学時代の先輩だ。立花も一時画家として活躍していたが、もう何十年前に終わっている。
「珍しいねえ。こんなところで会うなんて、しかも朝早く」
「近くのホテルで缶詰になっていましてね。煮詰まったので散歩ですよ」
「缶詰って、軟禁のようなものじゃないの。よく出られたねえ」
「いえ、自主缶です」
 自主的に缶詰になとという意味だ。
「僕はアルミ缶だよ」
「立花さんの個展見に行きましたよ」
「もう昔の話だよな」
「先輩が活躍しているのを見て、奮起しましたよ」
「そりゃよかったじゃないか。今では押しも押されもしない大先生だろ。僕なんか押されに押されて押し倒されたよ」
 水田は相変わらずの先輩のジョークににんまりする。昔と変わっていない。
「生活に困らなくていいねえ。僕から見れば、それだけが羨ましい」
「いやあ、忙しくて大変ですよ。体調も悪いですし」
「悪くなりゃ、いい病院に行けるじゃないか」
「病院がよっくても体調悪ければ同じですよ」
「ああ、そうなんだ」
「それで先輩、そのオブジェで何か」
「オブジェ」
「そのアルミ缶」
「何かって、売るんだよ」
「売れるんですか」
「現金がいるからねえ。自販機でポカリスエット買える程度の小銭は欲しいよ」
「大丈夫ですか」
「体は大丈夫だ」
「お元気そうでなによりです」
「じゃ、次の場所へ移動するから、これでね」
 立花は自転車のハンドルにビニール袋をひっかけた。
「先輩の絵、一度使いたいと思ったことあるんですよ」
「絵、僕の絵。まだ書いてるけど、売れるような絵じゃないよ」
「広告に使いたいと……」
「そう思ったんなら、どうして連絡しないの」
「住所がわからないものですから」
「あ、そう。でも、いいよ」
「どうしてですか」
「好意だろ」
「いえ、作品が」
「いい話だけど、もうそっちの仕事はいいんだよ」
 立花はカチャカチャとアルミの音を立てながら自転車を進ませた。
 立花はその後ろ姿を見る。
 アルミ缶を入れた複数のビニール袋が微妙に揺れる。その揺れに合わせるかのように立花は体重移動で微調整しながらバランスをとり、ふらつくことなく走っていく。
 水田の気持ちは重い。先輩の姿を見たからではなく、仕事量の多さで気持ちが押しつぶされるからだ。
 
   了


2010年7月29日

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