小説 川崎サイト

 

夏の階段

川崎ゆきお




 宮田は夏のある日、ふと思い出した記憶があり、それが気になった。
 夏で、その記憶が呼び出されたのか、別のことが原因かははっきりしない。
 ふと、なのだ。
 この、ふとはいきなりきたふとだ。
 きっと何かが導火線になり、思い出しただけのことかもしれない。
 その記憶は大したことではない。大事なことでもなく、ただの体験で、それが重要な意味を持つこともない。
 それは、宮田がそう思っていることで、本当は大事なことかもしれない。
 その記憶とは、夏の階段だ。
 宮田の中ではそういう言葉で整理されている。
 ある夏の夜。友達と飲みに行き、そのまま泊めてもらったことがある。
 その友達の部屋が二階にあった。階段とはそれを指すものだ。
 倉庫のような家で、ふつうの住宅ではない。下は作業上になっており、天井が高い。工場が家なのだ。
 家の中に工場があるのか、工場の中に家があるのかわかりにくい。
 大きな建物で、木造建てだが、鉄骨がむき出しになっている箇所もある。
 友達の部屋へと続く階段を上がった記憶が印象に残った。
 部屋で夜食のようなものを食べ、飲み屋での会話をまた続け、朝方寝てしまった。
 それだけの話なので、特別な思い出ではない。
 その階段を上り下りしたのは、一回きりで、その後、遊びに来たことはない。
 一階から二階までの階段だが、非常に長い。きっと一階部が工場のため、天井が高いのだろう。いったい何段あったのか。
 宮田がこの階段を今でも思い出すのは、自分でも不思議だと感じている。毎年夏になると、ふと思い出すのだ。
 だから、階段が気になるのではなく、この階段を思い出してしまうことが気になるのだ。
 
   了



2010年8月1日

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