小説 川崎サイト

 

川入りの人

川崎ゆきお




 作田係長は川に足を入れる。真夏とはいえひんやりする。ズボンをたくし上げ、そろりそろりと川の中を歩く。
 ぬめっとした小石で滑りそうになる。よろっと上体が揺れるが、両手で泳ぐようにバランスをとる。
 作田係長は笑っている。
 ずぼっと泥に足首までとられるが、転倒はしない。
 足の甲にかゆみが走る。我慢しながら歩を進める。
 笹に似た草が刃物のように接触してくる。切れたかもしれない。
 炎天下で頭が熱くなっている。帽子はないが、ハンカチに水を浸し、頭に乗せている。
 川幅はそこそこあるが、水が流れている箇所はわずかだ。住宅地の中を貫く小さな川。昔は下水が流れ込んでいたのだが、今は雨水しかこない。
 前方に両側の土手を結ぶように橋がある。
 そこに子供が網を持ち、何やら捕っている。
 夏休み中の小学生三人だ。
 作田係長はにやにや笑いながら近づいていく。
 小学生は知らない顔でいる。
「何かいるかな」
 アクリルの携帯水槽の中に動くものがいる。
「魚はいないだろ」
 子供たちは無視して網を草の根本に入れる。
 橋の下に階段があり、土手に上がれる。
 作田係長は土手に出た。
「私の靴は……」
 川に入った場所で忘れたようだ。
 もう戻る気力がないのか。素足のまま土手のアスファルト道を歩く。
 すぐに足の裏が焼けるように熱くなる。
 作田係長は昼過ぎに早退し、川に来たようだ。
「私をなめるんじゃない。私を……」
 炎天下、作田係長は目の中に入る汗を拭いもせず、歩いていく。
 
   了



2010年8月3日

小説 川崎サイト