小説 川崎サイト

 

モーニングの老人客

川崎ゆきお




「誰だろう」
 吉田は不審を覚えた。
 別に不審者が座っているわけではない。そこは喫茶店なのだ。
「見覚えがない」
 喫茶店は個人の家ではない。どんな客が入ってくるかはわからない。
「いつもと違う」
 見慣れない客が座っている程度で、なぜ吉田はそこまで考えるかだ。
 その老人は毎日きているような仕草で、いつもこの時間そこに座っているかのような佇まいなのだ。
 むしろ吉田の方が新入りの客のように思えた。しかし、吉田は毎朝、開店と同時にこの店にきている。
 だが、近いからきているだけで、この店の常連ではあるが、他の客と話すことはない。吉田だけが孤立しているのではないものの、ぽつりといることだけは確かだ。他の店の常連であってもかまわないのだ。
「近いから」
 理由はそれだけで。ここがもしコミュニケーションの場なら吉田は入れない世界だ。
 老人は昨日もそうだったかのように注文をききにきた店員にモーニングセットを頼んでいる。メニューはあるが、どんなものが出てくるのかは知らないはずだ。
 しかし、いつものセットで、と言っているような落ち着きがある。そういう話し方をする人なのかもしれないが、場慣れしやすい人のようにも思える。
 と言うより、この老人はこの店と合っている。ふさわしい客なのだ。他の客とも違和感がない。
 吉田は、妖怪でも見る思いになる。
「ああ、この発想か」
 さすがに吉田もすぐに気づく。
「そういう発想が違和感の原因なのだ」
 だが、押さえようとしても、その老人の存在をいろいろと考えてしまう自分がいるようだ。
 老人は、さもいつものような仕草でモーニングセットを食べている。
「何がいつもなんだろう」
 初めて見る老人の「いつも」など知るわけがない。しかし、他の客も店員も、いつもの老人が、いつものように食べていると思わせるところがある。
「きっと、こんな妖怪がいるに違いない」
 また、そういう発想をしていることを吉田はすぐに気づいたのだが、想いを止めることはしない。
 そして、老人は食べ終えると、新聞を読んでいる。
「悔しいが様になる」
 吉田はこの老人の人生をも思い巡らせてしまった。きっとどこでもうまく立ち回る、と言うより、自然に振る舞える人なのだ。
「果たしてそうだろうか」
 その疑問も、憶測でしかない。
 つまり、この老人は慣れた感じを演技しているのではないかと言うことだ。
 そのうち、吉田は老人のことを気にしなくなっていた。
 見事に溶け込んでしまっているためだ。
「忍者かもしれない」
 しまったと、吉田は後悔した。この発想がいけないのだと。
 
   了



2010年8月11日

小説 川崎サイト