小説 川崎サイト

 

探偵たち

川崎ゆきお




「園井啓介さんじゃありませんか」
 村田はショッピングモールの自転車置き場で整理員に話しかける。
「私は大前田栄九郎ですが」
 しょぼくれた老人が背を丸めながら自転車を並べ変えている。
「そんな整理をしている場合ですか」
「空きスペースがこれで作れるのだよ。この列、まだ三台は止められる」
「日本探偵史上に残る名探偵園井啓介さんでしょ」
「そう名乗っていたこともあったかな」
「やはりそうでしたか」
「いやいや」
「どうして、こんなところで自転車の整理を」
「仕事をしないとね、食っていけませんからな」
「しかし、探偵であるあなたが」
「それがアダとなっております。いろいろ支障がね」
「探偵はつぶしが利かないということですか」
「その意味ではありません」
「何でしょう」
「犯人が分かるのですよ」
「では、まだ探偵を。ああ、わかりました。変装して、ここで張っているのですか」
「いや、私は正規のパート従業員です。もう三年になりますよ」
 村田は、このスーパーへはたまに来る。しかし、自転車整理の老人など見てはいない。今日見たのは偶然で、至近距離で顔を見たからだ。それまでにもこの老人とすれ違っていたかもしれない。
「じゃ、支障とは」
「犯人がかなりいましたよ」
「はあ?」
「この人は、やってるなあ、と、わかるんですよ。どんな犯罪かまではわかりませんがね。犯罪者はすぐにわかるんです」
「この自転車置き場でですか」
「そうです。困ったものです」
「僕はどうですか」
「あなたは犯罪者ではありません」
「それって、何ですか?」
「カンですよ」
 名探偵のカンだろう。この探偵は事件の関係者と会った瞬間、もう犯人を確定していた。調べなくても分かるようだ。あとはそれを詰めていくだけの捜査なのだ。
「天才探偵がどうしてこんなところで……」
「こんなところって、ここで働いている人に失礼だよ」
「ああ、すみません」
「仕事がなくなりました。それだけのことです」
「もったいないような気もしますが……」
「世の中、そんなものですよ」
「でも」
「ほら、あそこで空のカートを運んでいる人、あの人も探偵ですよ。沢村さんです。
「え、沢村探偵も」
「このショッピングモールの警備員にもなれず、空カート運びです。自転車置き場までカートでお客さんが運んでくるのですよ。それを元に戻す仕事です」
「園井さんといい、沢村さんといい、日本を代表する名探偵ですよ」
「沢村さんは怪人が専門でした。それで、今でも、客の中に怪人が紛れ込んでいるのが気になるようです。見ているだけで、何もできませんからね」
「はあ……」
 村田は頷くしかなかった。
 
   了


2010年8月15日

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