小説 川崎サイト

 

二人の料理人

川崎ゆきお




 二人の店長が本社で話している。
 二人とも和食の店を任されている店長だ。
 合田は料理人としては達人、名人の域に達している。花岡は適当だ。
「客がこない」合田がグチる。
「敷居が高いからじゃない」花岡が返す。
「敷居?」
「格式かな」
「精魂込めて作っているだけで、別に敷居が高いわけじゃないよ。チェーン店なんだから、同じ内装だし」
「板前が怖いんだよ」
 二人とも板前であり、店長だ。
 寿司屋のカウンターのような店だ。
「花岡さんところは繁盛してるらしいねえ」
「私は板前の腕は大したことない」
「じゃ、どうして、僕の店には客が……」
「すごすぎるからじゃない」
「それは皮肉かい」
「こだわりの日本料理でしょ」
「ああ」
「それが敷居を高くしているんじゃないかな。私なんていいかげんだよ。よくある出汁の素を使ってるよ。鰹節も昆布も使ってないんだ。ああ、成分として入ってるかもしれないけど」
「それは手を抜きすぎじゃないの」
「店は自由にやっていいはずだからね。私流にやってるだけだよ」
「それじゃ一流の料理人にはなれないだろ」
「一流ははやらないでしょ。高いから」
「しかし、花岡さん」
「え、何?」
「料理の腕を上げようとは思わないの」
「安く、早く、おいしく作れる腕は上がってるさ」
「しかし……」
「君のその真剣さで客が引くんだよ」
「それは、わかってるけど」
 その後、合田はさらに腕を上げ、こだわりの日本料理の達人として取材を受けるほどになった。
 しかし、客は減る一方だ。
 花岡は安くてボリュームのある和食の店として客を増やしている。
 
   了



2010年8月22日

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