小説 川崎サイト

 

夢感

川崎ゆきお




 夜中、ふと起きてきて、玄関を開け、外に出ると違う夜が待っていた。
 夜という言うよりは闇に近い。
 いつもの風景ではないためだ。
 通りの向こう側にはブロック塀があり、電柱があり、その下はゴミ置き場になっている。ゴミはネットで覆うのだが、そのネットが電柱の下に置かれているはずなのだ。
 それがないどころか、電柱がなく、ブロック塀もない。
 ブロック塀の向こうは中西という家の庭で、塀を越す程度の庭木が見えるはずなのに、それもない。つまり、向かいの中西家がないのだ。中西家の両隣の家もない。
 夜風が高橋の顔を撫でる。
 振り向くと自分の家もない。
「と、言うような夢を見たんですがね」
 高橋は夢占いの婆さんに言う。
「私はもう夢占いはやっておらんのですがね」
「いえいえ、当たると評判で」
「それはもう何十年も前の話じゃ」
「で、どうです」
「何が?」
「だから、今の夢」
「見ただけの夢だよ」
「三日前に見たのですが、印象深くて、まだ覚えてるんですよ。何か暗示めいたものを感じます」
「どんな」
「だから、玄関を出たら別世界に入っていた……というような」
「別世界?」
「今までとは違う世界にいきなり入ってしまうような未来が待っているのではと」
「まあ、交通事故で、いきなり生活が変わることもあるじゃあろう」
「そうそう、そういう感じです。だから、これは夢のお告げではないかと」
「悪いが、夢感が働かなくなってのう。だから、もう、夢占いはやっておらんのじゃよ」
「それは残念」
「ああ、だから、料金はいらんから、どうぞお引き取りを」
「引き取るって、帰れってことですね」
「ああ、最近体調も悪いんでな。気の張ることはしとうない」
「わかりました。交通事故に気をつけます」
「ああ、そうしんさい」
「ところで、お婆さん。夢占いができなくなったことは予測できなかったのですか」
「予測かい。そうじゃのう。そんなこと占ったことないからのう。それに人の夢は見えるが、自分の夢は見えん」
「夢占いの、カンが働かないと言うことですか?」
「うむ、夢感がな」
 高橋はその年、交通事故にも遭わず、また、突然日常が変わるようなこともなかった。
 ただの印象に残る夢だったのかもしれない。
 
   了


2010年9月10日

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