小説 川崎サイト

 

トイレの神様

川崎ゆきお




 ふっと日常の中に別世界が入り込むようなことがないかと武田は考えている。愚かな考えだ。
 だから、考えではなく、思っているだけで、その思いも幻想ではなく、妄想に近い。
「悪い小説を読みすぎたんじゃない?」
 友人の小山がつっこむ。
「いや、僕は小説はあまり読まない。アニメはよく見るし、ゲームもよくやっているけど」
「別世界って、異次元のことかい?」
「そう、魔法の国があったりとかね」
「ないでしょうね。オリンピックにもそんな国出てこないだろうし」
「だから、この地球上の国じゃないんだ。だから、別世界なんだ」
「つまり、人が想像で作った世界だろ」
「まあ、そうだ」
「それなら、何でもありで、どんな世界だってできてしまうよ」
「まあ、そうなんだが」
「これが結論だよ。それ以上考える必要はないさ」
「夜中ね」
「夜中がどうしたの。何か、今から話すつもり」
「だめ?」
「聞くけど」
「夜中トイレに行ったとき、ドアを開けたら別世界だったとか」
「そんなことあった?」
「ない」
「それは君が適当に思いついただけの話でしょ」
「小山君にはそんなことはないの」
「たまにあるかな。ローカル線の駅で、時刻表にない車両が入ってきて、それに乗るととんでもない場所へ行ってしまう……とかね」
「あるじゃない」
「あるけど、それ、人に話すようなことじゃないだろ」
「つまり、喋らないだけで、あることはあるんだ」
「まあ、話す相手によるよ。隙を見せることになるからね」
「隙?」
「そう、ビジネスシーンで、そんな発言があると、信用してもらえないだろ」
「豊かな想像力はだめなの」
「じゃ、トイレのドアを開けると別世界っていう話ね、どんな世界なの。その世界がきっちりできていないと想像力が豊かだとはいえないよ。続きを聞かせてくれよ」
「いや、そこまで考えていない」
「じゃ、トイレはどうなっていたんだい。何かイメージがあったんだろ」
「別世界の中身までは想像できないよ。ただ、トイレに神様がいて……」
「昔からいるよ。便所の神様だろ」
「そのトイレの神様が何でも見てるんだ」
「それはキャラものでしょ。場所の異変じゃない」
「そうか、場所が違っていないといけないんだね」
「だから、きっちり話ができていないと、ただの思いつきなんだよ。妄想でさえない」
「幻想は?」
「ワンシーンだけだとねえ……」
「作らないとだめなんだ」
「そうそう、だから、論理的な頭が必要なんだよ。したがって思いつきだけしかできない頭じゃ無理だね」
「ああ、わかったよ」
 
   了


2010年9月13日

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