小説 川崎サイト

 

蚊帳の中

川崎ゆきお




 農家の二階。誰も住んでいない。年寄り二人は階段を嫌い、下の部屋しか使っていない。
「お孫さんが泊まりに来て見た幽霊とはこれかね」
 妖怪博士が聞く。
 高橋老人が吊された蚊帳の中でさらに吊された布を見せる。二人とも蚊帳の中だ。
 襖三枚分ほどの薄い布に老人達が座っている絵だ。前に三人、その後ろに四人いる。お爺さん、お婆さんの絵で、後ろの四人は小さく書かれている。
 部屋は八畳の間二つで、襖は外され、奥の八畳にその蚊帳が吊されている。
 絵の老人はいずれも和服で、葬儀の時飾るあの写真と同じ顔だ。写真はバストアップだが絵は後ろの四人以外は等身大。つまり実物が蚊帳の中で座っている寸法だ。
 要するに先祖代々が全員こちらを向いて座っているように見えるのだ。
 絵を書いたのは高橋老人で墨絵だ。当然色はない。また、薄い布のためやや透けて見える。そしてすきま風で布が揺れ、生きて動いているように見える。それが、蚊帳の中にあるので、靄っとした空間を生み出している。
「お孫さんには二階へ上がってはいけないと念を押したわけじゃな」
「はい」
「まあ、行きたくなるだろう。階段が見えておるし」
「はい」
「しかし、実の孫を驚かせるというのは趣味が悪いですなあ」
「いやいや、孫はこの家を幽霊屋敷と呼んでおったから、その通りに演出したまで」
「どうして幽霊屋敷だと?」
「娘、つまり母親から聞いたのだろう」
「すると、実の娘さんにも、この趣向を」
「まんまと騙されたようだ」
「そのころ書かれたのですかな。この絵も」
「いや、これは書き直した。わしの両親もあっちへ行ったのでな。それを加えた」
「で、この家は誰が継ぐのですかな?」
「息子が継ぐ」
「その息子さんには、この手の趣味は」
「あるようじゃ。東京で画家をしておる。まあ、本の挿し絵や表紙の装丁をやっておる。私よりうまい」
「で、どうします?」
「何が」
「このトリック、お孫さんに伝えてよろしいかな」
「それは……」
「では、どう説明しましょう」
「曖昧に答えてやってください」
「ところで」
「はい」
「あなたも、こういう絵を見たのですかな」
「はい」
「やはり、この家の人から」
「そう、この後ろの列にいる右から二人目が私の祖父でな。同じ事をやられた。気づいたのはずっと後だが」
 高橋老人は奥へ案内する。
 薄暗い廊下の端に納戸がある。
 そこから長細い箱を取り出した。
「子供の頃、この絵を見たのだよ。騙されたと知ったのは大学生の頃だった。これを見て逆にほっとしたよ。あれは先祖の幽霊じゃなかったんだと」
「ということは、この件は、この家に伝わる行事のようなものだと解釈してよろしいか」
「はい、そう願いたい」
「わかりました」
 妖怪博士は幽霊調査の依頼人である小学生に、調査したがよくわからないと伝えた。
 
   了


2010年10月15日

小説 川崎サイト