小説 川崎サイト



昔語り

川崎ゆきお



「さて、どこまで話したかな?」
「昨日のお話の続きで結構ですから、お願いします」
「ああ、だから、どこまで話したかな?」
「村に地蔵が来たところまでです」
 沢田は、レコーダーをオンにした。既に一週間分の記録が入っていた。
「それは、わしが産まれる遠い昔の話だからな。わしも聞いただけの話だよ」
「結構です」
「地蔵送りでな。隣の下山田から地蔵が来たんじゃよ」
「続けてください」
「その地蔵は神輿に乗っておってな」
「地蔵は仏でしょ。地蔵菩薩。神輿は神様では?」
 大場老人はむっとした。
「昔はその区別が曖昧でな。まあ、輿のようなものに乗せて担いで来たんじゃよ。先頭は下山田の名主さんでな。羽織り袴でな……で、その後ろを大勢の村人が揃いの法被を着ての……」
 沢田は黙って聞いている。
「地蔵送りは賑やかだったらしい。祭り騒ぎじゃ。届けてくれた村人に、御馳走をふるまっての」
「大場さんはそれをどなたからお聞きになりました?」
「おふくろから子供の頃に聞いた」
「江戸時代の話だと思うのですが、それが語り継がれているわけですね」
「そうなるかな」
「で、地蔵は?」
「地蔵は村で一泊し、隣の北山田へ送ったとか。わしが聞いたのは、そこまでじゃ。こんな話が何ぞ役に立つのかな?」
「昔語り本として編集し、郷土の歴史として出版します」
「山から天狗が降りて来た話もか?」
「一週間前の、あのお話も、非常によかったですよ」
「ギャラはいつ入る?」
「はあ?」
「とぼけないで」
「ギャラと言いますと」
「本になるんだろ?」
「そうですが、予算が」
「それは、そっちの勝手な理屈じゃ」
 沢田はレコーダーをオフにした」
「わしの話は無料か? わしの働きはボランティアか?」
「はい」
 大場老人はレコーダーを庭石にぶちつけた。
 
   了
 

 



          2006年6月19日
 

 

 

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