小説 川崎サイト

 

蒼ざめた馬を見よ

川崎ゆきお



(蒼ざめた馬を見よ)と書かれたメモを吉田は本橋に見せる。二人とも就職活動中の大学生だ。
「増村先生がこれを」
「先生じゃないよ。増村さんは事務職員だよ」
「でも貫禄あるからなあ、増村さんは」
 本橋は渡されたメモを見ている。
「何だろう」
 吉田は本橋から答えを得たいようだ。
 本橋はずっとメモを見ている。
「何か、わかったかい」
「これはメモ帳じゃないなあ。コピー用紙を四分の一に切っただけで、ほら、ここに切り口が。これ、カッターじゃなくハサミだろう」
「そうじゃなく(蒼ざめた馬を見よ)の意味だよ」
「そのままでしょ」
 このメモは就職相談に行き、増村から渡されたものだ。吉田は意味が分からない。
 本橋は吉田をじっと見ている。
「何だよ。じろじろと」
「蒼ざめた馬を見よ、だから、見ているんだ」
「僕は馬じゃないよ」
「そうだね」
「それに、このメモでは僕が蒼ざめた馬を見ることになってる。馬は対象だ」
「君は馬を見たことあるかい」
「あるよ」
「本物は?」
「競馬場で見たし、動物園でも見たよ。ロバだったかもしれないけど」
「馬は蒼ざめるかな」
「聞いたことがない」
「じゃ、なぞなぞだろう。増村さんの」
「啓示のようなものか」
「ああ、おみくじの言葉のようなものさ」
「就職先と馬は関係ないと思う。繋がりがない」
「きっと精神状態を言い表していると思うんだ」
「誰の?」
「馬の」
「馬の精神状態知っても仕方ないじゃないか。それに馬の気持ちなんて、わからない」
「君の心の中にある馬だろう」
「ああ、なるほど」
「馬のような走り方をする感じかな。エネルギッシュで速いイメージがあるし、コントロールが聞かない意味もある」
「それなら、このメモの意味は解けるよ」
「焦るなってことだ」
「そうなるねえ」
「蒼ざめたって、ところは、君の今の心情なんだ」
「でも、それなら最初から、焦らないでじっくり就職先を探しなさいって言えばいいじゃないか」
「すると、蒼ざめているのは職員の増村さんかもしれないねえ。求人少ないからね」
「これって、無責任じゃない」
「そうだね。意味ありげな言葉を投げかけただけの話で、何とでも解釈できる」
「要するに就職難ってことだ」
「そうそう。だから、こういう言葉で茶を濁したのさ」
「期待して、損した」
「蒼ざめた馬を見よ」
 本橋は声を出して読み上げる。
「こういう言葉を言いたかったんだよ。あの職員」
「言いたかっただけか」
「そういうこと」
 
   了


2010年11月29日

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