小説 川崎サイト

 

スローライフ

川崎ゆきお



 スローライフ、昔のながらの暮らしとか、人と自然との共生などを語る人がいる。
 いきすぎた便利な文明の利器より、文化をこよなく愛す。
 文化とは、人々が納得しながら築いてきたもので、文明とは機械的だと語る。そこに人の血肉が反映されていない。
 それを聞いていた高島は、いい話だと納得したが、そうかといって日常が変わるわけではない。
 建て込んだ住宅地のワンルームの夏は暑い。窓を開けても隣のマンションから換気扇の熱い風が吹き込んでくる。
 スローライフでは熱中症になる。
 高島は窓を閉め、エアコンのスイッチを入れた。これぞ文明の利器だ。もしこれがなければ、こんなところで生存できない。
「引っ越せばいいんじゃないか。田舎に」
 それでは仕事を失うことになる。
「自分には無理だ」
 高島はスローライフをあきらめた。
 そもそも高島は田舎での暮らしがいやで都会に出てきたのだ。実家は農業だ。それでは食べていけない。家業では食えないのだから、どこかで食い扶持を得ないといけない。
 食べないと飢え死にする。文明がどうの文化がどうのはここでは通用しない。
 無農薬野菜を食べる。これも高島は考えたが、専門店で詐欺のような値段をしている。野菜よりも、肉や魚が先だろう。野菜だけでは体力が持たない。それに肉よりも野菜の方が高いのだ。
 では、スローライフを語っていた人は、どんな生活をしているのだろうか。仕事をしないで、暮らしている人かもしれない。
 高島がテレビで得たスローライフの知恵は、半日で終わった。
 
   了


2010年12月3日

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