小説 川崎サイト

 

悪い奴ほど芝居がうまい

川崎ゆきお



「悪い奴ほどいい人間の演技がうまいですなあ」
 旅の坊主が同行の山伏に語る。
「それより、お坊、話しながら歩くと息が上がる」
「あんた、聞いておるだけで楽じゃないか。喋っておるのはわしだけじゃ」
「聞くのも体力がいる」
 二人は峠にさしかった。そのためやや勾配がある。
「悪い奴は、自分と逆のことをすればいいんじゃ」
「ああ、そうだそうだ」
「聞いておるのか。あんた山伏だろ。足はわしより達者なはず」
「これは扮装じゃ。古着屋で買ったものでな。道中では、これが楽ではないかと思うたのだが、背中の箱が重い」
 山伏は背中に木箱を背負っている。
「中身より、この箱の方が重い」
「そういった事情はあとでよい」
「あと?」
「今、拙僧は大事な悟りの境地の話をしておる」
「いいから、続けておくれ、聞くだけは聞く」
「悪い奴は常日頃の行為と反対のことをすればよろしい。それにていい人になれる。この場合だな」
 山伏は背中が痛いようだ。
「相づちぐらい打て」
「あい」
「反対の行為、逆の行為とは本心ではない。それ故演技となる。本当のいい人の行為はできんが、芝居ならできる。この機微、わかるか?」
「あい」
「相づちが小さい」
「あーい」
「この機微とは、嘘をつくことじゃ。悪い奴は嘘つき者。役者じゃ。だから、簡単にいい人の演技ができる。本心ではないかので易々やってしまえる」
「おお、なるほど」
「苦しくないか」
「話が面白いので、聞き入ってしまい、疲れを忘れた」
「坂道はつらい。だからこうして話しながら、気を逸らすのが大事」
「なるほどなるほど」
「語りはカタリに通じる」
「ああ、かたりものの、あの騙す奴のことだな」
「そうそう。騙すための虚言はいとも簡単に口から出る。本心ではないかじゃ」
「お坊は、そうやって説法して回っておるのか」
「そんな胡散臭いことはせん」
「じゃ、何で食っておる」
「それは聞かぬが仏」
「うまい」
 二人は峠を越えた。
「ほら、楽になったじゃろ」
「ああ、下りは助かるわい」
「ところでその背負い木箱の中身は何だ」
「古い木像が入ってごじゃる」
「仏か」
「はいな」
 それから少しして、峠の下の村で山伏が泣いている。
 山伏が役人に被害を訴えている。
 もぬけの殻となった背負い厨子が転がっている。
「命があっただけでもありがたいと思いなされ」
「へい」

   了



2010年12月5日

小説 川崎サイト