小説 川崎サイト



山の民

川崎ゆきお



「山の民って知ってるかな」
「山に住んでいる人でしょ。キコリとか、狩人とか」
 二人は付き合ってまだ三カ月。いつものデートコースとは違う雰囲気を味わうため、ハイキングに出掛けた。
 山歩きが目的ではなく、こうして話ながら歩くのがまだまだ楽しい時期だった。
「家が山なんだ」
「山に家があるの?」
「普通の家じゃない」
「ログハウスとか?」
「まあ、そんなものかな」
「滅多に里へは下りて来ないんだ。山や川で自給自足で暮らしている」
「いつ頃の話なの?」
「さあ、うんと昔かな」
「縄文時代とか」
「あ、それに近いね」
 二人がゆっくりなので、家族連れが追い抜いてゆく。
「さっきお年寄り夫婦にも追い抜かれたわ」
「慣れてるからさ。山道に」
「山の民って、もっと早く歩けるのかしら」
「天狗と間違われるほど早いらしいよ。飛ぶようなスピードさ」
 他愛のない会話だが、二人にとって、その内容より、さえずることが楽しいのだ。
「友達が、この山で山賊に遭ったんだって」
「山賊……へー、いるんだ」
「いるわけないよ。山賊なんて」
「じゃ、どうしてそんな話を?」
「冗談だろ。山男でも見たんじゃないかな。髭面のハイカーとか」
「それって、山の民?」
「ははは、そうかもな」
 少し沈黙が続いた後、二人は枝道に入って行った。
 そして岩陰に入りかけたとき、衣類がぶら下がっているのを見た。
「何これ?」
 岩と岩の間の狭い空間に、ロープが張られ、そこに洗濯物が干してある。
 その先に木の枝を集めて作ったような小屋がある。岩を壁のように利用している。
「行きましょ」
 二人は引き返した。
「あそこにも」
 似たような小屋がいくつもある。
「山の民の家?」
「行こう」
「あの人たち何なの?」
「最近、公園で見なくなったと思ったら、こんなところに越してたんだ」
 
   了
 

 



          2006年6月20日
 

 

 

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