小説 川崎サイト

 

初夢

川崎ゆきお



 初夢となる夜のことだ。
 ふと目が覚める。
 吉田は一瞬状況がわからない。
 一瞬の倍ほどが過ぎたあたりで徐々にわかりだした。
 夜中に目覚めたことだけは確かだ。ゾンビが目覚めたわけではない。自宅の寝床の上だ。
 そして、状況は単純なものだった。尿意だ。
 夜に寝て、朝まで起きてこない日もあるが、三日に一度は夜中トイレに立つことがある。
 では、最初の一瞬でも尿意だと気づくはずで、状況がわからないことはないはずだ。
 吉田はそれが不思議だった。
 しかし、オカルト的な不思議な現象ではない。
 それも一瞬考えた。尿意は吉田を、ある時間に起こすための方便で、何者かが吉田に電波を送ったと……そして、この世のものではないものとの交信が始まる。
 これは、以前考えたことがある。虫の知らせ的パターンだ。
 だが、今まで、そんな体験はない。
 では、目覚めたとき、一瞬状況が把握できなかった原因は何だろう。原因でも理由でもいい。それが知りたい。
「寝ぼけていた」
 起きたとき、まだしっかりと起きていなかったのだろう。
 しかし、それではないと吉田は考える。
 なぜなら、一度も寝ぼけた状態を体験したことがないからだ。いくら頭がぼんやりしていても、基本的なことはわかっている。把握している。全くの真っ白ではない。
 それに近い体験を吉田は思いだした。
 それは、まだ寝ているのに、夢の中で起きたときだ。実際には眠っているのだ。そのときでも、意識はある。状況はわかるのだ。その状況が夢の中の状況であっても。
 吉田は、素直に寝床から起きあがり、トイレへ向かった。尿意は物理的現象であることは確かで、下腹を押さえると、ぐっときた。
「いつもなら、尿意に関する夢を見ていることが多い」
 だが、吉田はその種の夢を見ていない。
 部屋のドアを開けると、廊下があり、その突き当たりにトイレがある。
 トイレのドアを開けると、便座に誰かが座っているという想像は何度もしたが、妄想の域を出ない。
 この発想は十回以上した。そして、それを恐れながら、十回ドアを開けたが、十回とも誰もいなかった。
 だから、今回もそうだろうと思い、安心してトイレのドアを開けた。
 やはり、誰もいない。
 用を足し、再び寝床に入った。
 まだ、朝まで十分時間があるので、寝るつもりだ。眠さが吹っ飛ぶようなことは起こっていないため、いつものように、横になれば、すぐに眠れるだろう。
 では、一瞬状況がわからなかったのは、何だったのか。
 吉田は、それを考えながら、眠りに入っていく。
「何か夢を見ていたんだ。しかし、起きたとき、忘れていたんだ」
 これが結論だ。
 吉田は朝まで眠った。
 目覚めると、夜中に起きたことはよく覚えていた。
「あのとき、どんな夢を見ていたのか」
 それが気になったが、忘れてしまった夢なので、思い出すのを待つしかない。
 忘れてしまい、痕跡さえ残さない夢は、思い出さない方が身のためだろう。
 
   了


2011年1月2日

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