小説 川崎サイト

 

明日の朝悪魔が来る

川崎ゆきお



「人間ではないものの存在とは何でしょう」
「それは、誰かが作った物語の中での存在でしょう」
「架空?」
「そういうことです」
「しかし、そういった存在が現実にあるので、そのイメージから生み出されたのではありませんか」
「モデルがいると?」
「はい」
「たとえば?」
「悪魔」
「ほう」
「悪魔は物語でしょうか? 架空の存在でしょうか?」
「その世界では悪魔はいるでしょう。でも、それは、その世界で、この世界じゃない。だから、この現実の中には悪魔はいないのですよ。それに、悪魔が本当にいると信じて暮らしている人がどれほどいますか。本当はいないことを知っている。そうでしょ」
「明日の朝悪魔がやってきます」
「はあ?」
「明日の朝、目覚めると、悪魔がやってきます」
「何です? それ?」
「そう予言されました」
「誰が?」
「予言者です」
「だから、そういった予言者そのものが存在しないのです。そんな人はこの世にいません。わかりますね。確認のために聞きますが、その予言者とは誰ですか?」
「予言者は予言者です」
「名前があるでしょ」
「予言者とです」
「その人が予言者というお名前なのですか」
「違います」
「じゃ、本名は。そして、どこに住んでおられるのです」
「予言者が私の前に現れ、そう予言したのです」
「だから、その場所です」
「私の部屋です」
「部屋? あなたの家の中の部屋ですか」
「はい、私の部屋です」
「どうして入ってきたのですか」
「はあ?」
「だから、普通の家なら、勝手に入って来れないでしょ。で、ご家族は?」
「四人家族です」
「ドアは?」
「私の部屋はドアはかけていません」
「家のドアは」
「かかっています」
「じゃ、家族の誰かが通したのですか」
「知りません」
「何時頃ですか?」
「深夜です」
「いつの?」
「四日前の」
「そうですか」
「困ります」
「四日目ですからね」
「来ませんでした」
「はい」
「二日目の朝も、三日目の朝も」
「予言では、明日の朝でしょ」
「はい、だから、予言者が来たその夜が明けた朝に来ていないといけないのです」
「……ですね」
「それで、どうなったのかと思い、相談に伺ったわけです」
「僕は宅配所じゃないからね」
「どんなものなんでしょう」
「だから、そんな予言者は存在しなかった。だから、明日の朝、悪魔が来る話も存在しない。そういうことです」
「じゃ、あの予言者は何だったのでしょう?」
「その予言を聞いた後、あなたはどうなされました?」
「怖くて、そのまま寝てしまいました」
「寝る方が怖いのじゃないですか。起きると朝になり、悪魔が来るじゃありませんか。朝までまだ時間があったのでしょ」
「そうなですが、予言ですから、信用していなかったのかもしれません」
「それで、それを言い放った予言者は、どうなりました?」
「予言者のその後は知りません」
「部屋に予言者がいたのでしょ。予言後の予言者の行動です」
「知りません。布団をかぶって寝ましたから」
「いいですか吉岡さん。それは夢だったという話になるのですが」
「そうかもしれません。しかし、夢の形を取って、現れたのだと……」
「しかし、悪魔は来ていないのでしょ。明日の朝と予言にあるのに」
「だから待っています」
「待つ?」
「はい」
「どうして」
「見たいからです」
「はい、それは御自由に」
 
   了


2011年1月3日

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