小説 川崎サイト

 

総本山

川崎ゆきお



 老師だけが首巻きをしている。和風のマフラーで、絹百パーセントだ。
 寺は宗派の総本山で、修行に来ている若い僧侶が多い。
 老師は高齢で冬場は寒い。しかし、秋の始まる頃から黄色い首巻きをしている。
 若い僧は防寒肌着を着ている。
 真冬になると老師は頭巾を被る。
 頭巾は他の高僧も被れる。しかし、首巻きは本山の頂点に立つ老師しか許されない。
 頭巾は耳から肩にかけて垂れている。
 本堂の扉は朝には開かれる。そのため、外気が吹き込む。頭巾ありとなしでは雲泥の差だ。
 高梨は吉田にそっとホカホカカイロを渡す。
「ありがとう」
 吉田は薄くても暖かい防寒肌着にカイロをくっつける。
「四角い形が見えないようにね」高梨が注意する。
「ああ、丹田に設置した」
 高梨がクスっと笑う。(設置)が可笑しかったのだ。
「丹田を温めるって難しいよね」
「ああ、カイロの方が早い」
「だね」
 二人は頷きあう。
 二人は座禅を続ける。
 そこへ、黄色い首巻きと黄色い頭巾の老師が現れる。
 二人は背筋を伸ばす。
 老師は二人の後ろで立ち止まる。
 高梨は懐からカイロを取り出し、老師に渡す。
 老師はさっと受け取り、歩き出す。
「言ってみようか」
「ああ」
 老師は耳が遠い。
「あのう、買ってきますが」
 老師は気づかない。
「あのう、防寒肌着買ってきましょうか」高梨がとんでもないほど大きな声を出す。
 老師は聞こえたらしく、振り返る。
「暖かいです。ヒーターのように、熱を発するんです」
 老師は目を細める。
 高梨は大学のクラスメイトにシャツとパッチを買ってくるように携帯で頼んだ。ついでにカイロも大量に。
 老師は自分の部屋のエアコンで暖かいのだが、そこを出ると、温度差がすごい。
 高梨たち若い僧は裸足だ。
「足袋が欲しいねえ」
 高梨が呟く。
「あれ、やってないの?」
「えっ、何を」
 吉田は足を見せる。
「あ、それは」
 吉田は女性用のストッキングを履いていた。
「素足に見えるね。これ、高いんじゃない」
「いる?」
「当然だよ。早く言えよ」
 吉田は、新しいストッキングを高梨に渡す。
「破れやすいから気をつけて」
「了解」
 総本山の冬は寒い。
 
   了


2011年1月5日

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