小説 川崎サイト

 

微笑

川崎ゆきお



 就職難の時代、書類選考だけで受かってしまった。
 社員に十人ほどの株式会社でIT関連だ。
 小川は自分の経歴が受けて、履歴書が効いたのだとは思えない。平凡なプログラマーだ。特に気に入られるようなところはない。
 書類選考後、小川は面接に行った。何人応募し、何人面接まで行けたのかはわからない。
 面接で現れたのは島崎という幹部で、小川よりかなり若い。
「いつから来てもらえますかね」
「今、バイトをしていますので、区切りがつけば、すぐにでも」
「いつ頃ですか」
「一ヶ月ほど先です」
「もう少し早くなりませんか」
 まだ、採用されたわけではないが、小川は二週間後には来られると答えた。
「ああ、いいですね。その感じ。急に人が必要になりましてね、よろしくお願いしますよ」
 小川はもう採用されたのではないかと、早合点した。
 翌日、バイト先で事情を話した。
「え、辞めるの、一ヶ月前に行ってよ。それより、辞めないで欲しいんだけど」
「就活をしてまして」
「うちは全員バイトだからね。やっぱり正社員がいいんだね」
「いえ、専門職に復帰したいだけです」
「え、何やってた」
「プログラマーです」
「あ、そうだったんだ。じゃ、こんなところで小売りしている場合じゃないね」
「いや、嫌いじゃないです。小売りも」
「そうだよ。小川さん人当たりがいいから、客受けもいいよ。それによけないこと言わないし、素直だし」
「ありがとうございます」
「二週間後か。まあ、何とかしますよ」
「すみません」
「でも、よくこの時代、就職先決まったねえ」
「専門職ですから」
「ああ、そうか」
 その夜。メールが届き、採用が本式に決まった。
 その早さに小川は不審を感じるゆとりはなかった。なぜなら、受かったのだから。
 給料や賞与は年齢にふさわしい額だった。新入社員としては高額だ。
「妙だと思わない」
 最後のバイト日、店長が心配そうに聞く。
「そんないい条件で、簡単に入社できるなんて、妙じゃない。それに、簡単に決まったんでしょ。それって、失礼な話だけど、誰でもよかったんじゃない」
 確かにとんとん拍子でうまくいきすぎている。
「まずかったら、また戻っておいでよ」
「はい。ありがとうございます」
 小川は一週間後、戻ってきた。
「どうしたの?」
「はい」
「やばい会社だったでしょ」
「はい」
「じゃ、また働いてくれるよね」
「はい、そのつもりで来ました」
「で、何があったの。どんな会社だった?」
 小川は、微笑しただけで、それ以上語らなかった。
 
   了


2011年1月8日

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