小説 川崎サイト

 

防寒ズボン

川崎ゆきお



「このズボン暖かいですよ」
「ああ、そうなのか」
「安いので、買えばどうですか」
「いや、いい」
「僕もこの前までジーンズでしたが、比べものにならないほど温かいですよ」
「いや、私はオフは長年綿パンだ。もっとも最近はずっとオフだがね」
「僕もそうだったんですが、履いてみてびっくりですよ。暖かくて軽いんです」
「生地は何かね?」
「ポリエステルです」
「あ、そう、それでモンペのように見えるのかな」
「いろいろな形もあります」
「くにゃくにゃしてるじゃないか」
「柔らかくていいですよ」
「裾はどうなってるんだ」
「そこですよ。これはサイズがあって、多少長くても絞れるのです。そのため、裾直し代がかかりません。ほら裾直しで四十分ほど待たされることあるでしょ……買うときに。あの四十分、どこで過ごすか考えると、ぞっとするんですよ。他に買い物もないし……で、喫茶店で待ったりしますよね。すると、寸法直し代プラスコーヒー代ですよ。もう、このズボンの半額分ですよ」
「そんなに安いのかね」
「安いです。そして、綿パンよりも暖かい。風、通しませんからね。綿だと、すーすー風が入るでしょ。それに、裾と靴との隙間、そこからもすーすーですよ。ところが、ぐっと絞れば、足下からの風の流入を防げるってものですよ」
「あ、そう」
「それに雨で濡れても、乾きが早い」
「しかしね、私は木綿の肌触りが好きでね。足の一部のようになってるような、その一体感がね。いいんだよ。これは捨てられない」
「でも、寒いでしょ」
「いや、特に寒いと感じたことはないよ」
「じゃ、一度、このズボン履いてみてくださいよ。綿パンに履き替えると、寒いって感じますから」
「私は寒いとは思っていない。そいつを履くから、君の場合、寒く感じるだけだ。それは、パッチと同じだよ」
「パッチ?」
「股引だよ」
「ああ、あの岡っ引きが履いてるあれですね」
「いや、誰が履いているかは知らんが、ズボン下のことだ」
「ズボンの下に履くからズボン下なんですね」
「そうだよ。そのパッチを一度履くと、今度はパッチなしでズボンだけが寒く感じる。原理は同じだ。それに……」
「何ですか?」
「そのデザインというか形がどうも気になる」
「それなら、綿パンと同じタイプもありますよ。ただし裾の絞りはないですが」
「あるのかね。いや、やめておこう。生地と脚の皮膚の相性がある。化繊は滑るし、蒸れる」
「ビニール袋なら、蒸れますが、最近のポリエステルの生地の中には、蒸れないのもあるんです。ハイテクですよ」
「いやいや、私にもスタイルがあってね」
「ファッションスタイルですね」
「そうそう、ずっと若い頃から、このスタイルを通してきた」
「それって、惰性じゃないですか」
「そうじゃない。慣れ親しんだものを大事にする」
「わかります。それ。でも、一度履いてみてくださいよ。それを越える快適さが……」
「ありがとう。今度見かけたら、試しに買ってみるよ」
「人生観変わりますよ」
「大袈裟な」
 
   了


2011年1月12日

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